第二話 魔王、隠居す 其の六『地固め』
第一次産業革命
いやあ、200年ほど一気に文明を
進めてしまいました
これも、力丸の秘めた力の一部です
目の前にある艦も、そうですが
図面の艦は、全てがグレードアップして
います。
さてさて、いったい何を始めるのでしょう?
図面が、卓上に広げられた。
羊皮紙のような素材に描かれた線は、
異様なまでに精密で、
異様なまでに冷たい。
直線と曲線が重なり合い、
理解不能な構造体を形づくっている。
蘭丸は、
ただ見つめることしかできなかった。
船――のはずだった。
だが、そこに描かれているのは、
船という概念の延長線上にある
“別の何か”だった。
木造船の骨格をなぞりながら、
その内部には黒い箱状の機構が並び、
水を押し退けるための羽根車ではなく、
奇妙な螺旋体が艦尾に描かれている。
甲板には、城郭よりも頑丈そうな砲塔。
煙突のような筒が複数立ち上がり、
そこから吐き出されるものは煙か、
蒸気か、それとも炎か――。
「……拠点で建造中の艦です」
力丸の声だけが、静かに落ちた。
「外観は安宅船に寄せています。
この時代の海に溶け込ませるために」
坊丸が図面を覗き込み、口を歪めた。
「溶け込む、言うても……
中身が別物すぎやろ」
否定も肯定もなく、
力丸は淡々と指先を滑らせる。
「船体は金属製。
風ではなく、内部機構で動きます。
水を掻くのではなく、押し裂く」
蘭丸の喉が鳴った。
理解できない。
だが、
理解できないからこそ、
本能が告げていた。
――これは、
世界の理を踏み越えている。
曰く、
この設計思想は、
この時代の文明が到達するより、
はるか先の段階にある。
農耕と刀剣の時代に、
蒸気と鋼鉄の理論を叩き込んだかのような
異物感。
もしこの艦が完成すれば、
海は戦場ではなく、支配領域になる。
信長ですら、言葉を失っていた。
錦之介は、
図面を見たまま、ゆっくりと息を吐く。
「……人の世が
追いついていない技術ほど、
恐ろしいものはありません」
坊丸が苦笑した。
「こら、船やないな。化け物や」
蘭丸は、ただ思った。
(力丸は……どこまで知っている?)
⸻
「拠点は、この艦の建造地であり、
航海術の学び舎でもあります」
力丸は図面を畳み、次の話題へ移した。
「ご隠居様は、完成を待ちながら
世界漫遊の準備を進める」
信長は、面白そうに笑った。
「良い。海の果てを、この目で見る」
⸻
「さて、皆様の役割です」
空気が引き締まる。
「奥州」
その一言で、場が静まり返った。
「伊達は、史の流れに従い統一します。
問題は、その裏側です」
錦之介が続ける。
「拠点が奥州にある以上、
表の歴史に
触れさせるわけにはいきません。
影の動きは、影で隠す」
「忍び、やな」
坊丸が即座に理解した。
「ええ。伊達政宗は、
遠からず忍び衆を組織します。
その萌芽を、我らが先に握る」
力丸は三人を見た。
「蘭丸殿は、柳原戸兵衛。クノイチ衆の頭領」
蘭丸は短く頷いた。
「坊丸殿は、世瀬蔵人。忍び軍団の統率」
「任せとき」
「錦之介殿は、安倍安定。忍び奉行」
錦之介は、ただ一礼した。
「承知」
つきは、
蘭丸の隣に立ち、静かに目を伏せた。
「つきは、蘭丸殿の指揮下です」
蘭丸は一瞬だけ視線を逸らした。
忍び。
影で人を動かし、影で人を消す役目。
信長の夢のための、影。
⸻
坊丸が腕を組み、訊いた。
「ほな、力丸は?」
蘭丸も錦之介も、視線を向ける。
力丸は、一歩前に出た。
「……伊達の影に立つのではありません」
わずかに間を置く。
「伊達の“中枢”に、関わります」
その言葉には、
どこか別の意味が潜んでいた。
錦之介が目を細める。
「誰に、成り代わるつもりですか?」
力丸は、答えなかった。
ただ、視線を遠くにやり、静かに言う。
「史の中で、消えるはずの者がいます。
その“空白”は、使える」
蘭丸の背筋に、冷たいものが走った。
(空白……)
歴史の中で消えた人物。消えるはずの者。
その隙間に、誰かが入る。
――それは、
史そのものを書き換える行為だ。
「詳しくは、明日」
力丸は、それ以上語らなかった。
⸻
夜の闇が、奥州の大地を覆う。
蘭丸は、遠くの山影を見つめた。
これから、自分たちは影になる。
歴史の裏側で、歴史を動かす影。
坊丸は拳を握った。
錦之介は、すでに
奥州の勢力図を頭の中で再構築している。
信長は、ただ空を見上げていた。
まだ見ぬ世界の果てを思い描くように。
そして力丸は――
図面の端に、そっと指を置いた。
そこには、
まだ名もない未来が描かれている。
そして、その未来の中に、
すでに「替わるはずの者」の位置が、
空白として確保されていた。
第二話『魔王、隠居す』了
すげえ艦です
ただ、ペリーの黒船の小型版です
なぜこんなものが?
いつから?
りっきゅんって、いったい何者?
その話は、もう少し後で
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