第二話 魔王、隠居す 其の五『新しい道』
明智光秀には、
本当のやりたいことを
そして、織田信長の
本当にやりたいこと、とは
この人も十代で家督を継いでますョね?
昔は、よくある話
とは言いますが、やっぱり十代はね
もっと、いろいろバカなことやりたい
お年頃じゃないですか
そういうのも溜まってたんじゃないかあ
と、ね
儂、これがしたい!
って、言っても良いじゃん
アンタ、頑張ったよ!
そんな妄想のお話
「世界を、見てみたくはないか」
夜気の冷たさの中で、
信長は唐突にそう言った。
焚き火の橙が、その横顔を揺らしている。
瞳は炎よりも遠いものを映していた。
「宣教師どもや
南蛮商人の噂話だがな……」
唇に浮かぶのは、
武将の笑みではなく、
少年のような好奇だった。
「一年中、氷が溶けぬ大地があるという。
息を吐けば、
たちまち髭も眉も白く凍りつく。
人は氷の上に家を建て、
犬に橇を
引かせて移動するらしい」
蘭丸は思わず身を乗り出した。
「……氷の上に、住む、のですか」
「そうだ。火を焚いても地面は溶けぬ。
海には白い山が浮かび、
音もなく漂うという」
坊丸が目を丸くする。
「それ、
山が海を歩いとるみたいなもんやな」
信長はくく、と喉を鳴らした。
「熊や牛よりも大きな獣もいるそうだ。
牙を持ち、毛皮は分厚く、
槍や矢では倒れぬ」
「……そんなものと戦うのですか」
「戦うか、見るだけかは、その時決める」
信長の声は軽い。
だが、瞳は深く燃えていた。
「草木も生えぬ、砂だけの大地もある。
昼は焼けるように熱く、
夜は骨まで冷える。
水は金よりも貴いという」
坊丸が唸る。
「人間、よう生きとるな……」
「生きているからこそ、見てみたい」
信長は指を折る。
「富士よりも高く険しい山々。
雲より上に突き出た峰。
そこでは空が黒く見え、
神が近いと信じられているそうだ」
蘭丸は思わず笑ってしまった。
「信長様なら、
神を引きずり降ろしに行きそうです」
「神がいるなら、話をしてみたいだけだ」
その声音は冗談めいていたが、
瞳は本気だった。
「石で作られた道が、
国から国へ続いているとも聞く。
馬で何日走っても終わらぬ道だ」
坊丸が腕を組む。
「道が国を貫いとる、か……。
それ、戦に使うたら、
どんだけ兵動かせるんやろ」
「そういう目で見るな」
信長は笑い、そして静かに息を吐いた。
「……世界は広い。
この日の本など、
海に浮かぶ小石にすぎぬ」
その言葉を、蘭丸と坊丸は黙って聞いた。
主君の声は、覇王のそれではなく、
旅人のそれだった。
「儂は、その小石の外を見てみたい。
剣でも火縄でもなく、この目でだ」
しばし沈黙が落ちる。
やがて、力丸が一歩前に出た。
「そのための準備は、
すでに進んでおります」
信長は満足げに頷いた。
「巨大艦の建造を開始しています。
規模は安宅船相当。
ただし――材は鋼鉄。
動力は蒸気機関。外輪ではなく、
艦尾に螺旋推進器を設けます」
坊丸が目を丸くしている。
蘭丸は、思わず力丸を二度見した。
信長は、ただ、にんまり
意味など分からずとも
最新型の玩具を貰える、
という顔をしている。
「大砲も装備します。海賊、諸国の艦隊、
いずれにも対抗可能です」
蘭丸が眉をひそめる。
「今は……ここではない……のか」
「勿論です、兄上。
ここは隠れ家に過ぎません。
拠点にて建造中です。
ご隠居様は完成まで、
拠点で航海術を学ばれます」
信長が肩をすくめる。
「船乗りの真似事をする日が来るとはな」
「真似事ではありません。世界漫遊です」
坊丸が笑う。
「ほんまに隠居する気やったんか」
「するさ。世界の隠居だ」
その言葉に、
蘭丸は胸の奥が熱くなるのを感じた。
力丸は続ける。
「そして――皆様には、
別任務に就いていただきます」
空気が締まる。
「奥州統一計画です」
坊丸が頷いた。
「伊達…か」
「はい。放っておいても
伊達政宗が奥州を統一します。問題は」
「倅のほうか」
力丸の話を遮るか遮らないか
という声量で信長が呟く。
「問題は、拠点が奥州内にあることです」
蘭丸が察する。
「拠点を悟らせないために、
伊達に統一させる……」
「やるようになったな。蘭兄。」
力丸は、ニヤリとした。
蘭丸は、続けて
「混乱期に拠点が露見すれば、
全勢力に嗅ぎつけられる。
伊達に一本化させつつ力を蓄える」
錦之介が静かに補足する。
「伊達は新しきを好む男。いずれ、
こちら側に寄せる余地は大きい」
蘭丸が纏める。
「拠点で力を蓄えた上に、
伊達勢を抱き込む二段構えの戦法か」
「戦いとは、
常に二手三手先を読んで行うものだ」
力丸がいつになくキメ顔。
信長は、悦に入る。
(キタ、キタ、キタ…)
「覚えておくのだな」
力丸キメた。
(キターーーっ)
信長は、またしても
愉快なオジサン化していた。
場の空気は、スルーしていた。本題に戻すように、坊丸が顎を掻きながら。
「つまり、
ワシらは伊達の足元を整地するわけやな」
「忍びとして働いてもらいます」
力丸の視線が三人に向く。
「蘭丸殿、坊丸殿、つき殿。
伊達家中の動向監視、
他勢力の排除、政略の誘導」
蘭丸は静かに頷いた。
「……承知」
坊丸も拳を握る。
「隠居様が世界見る間に、
奥州はワシらの庭にする、やな」
信長が満足げに笑う。
「それで良い。
儂が世界を歩く頃には、
この国は静かであれ」
力丸が一礼する。
「私は伊達家中に潜り込みます。
錦之介殿も補佐として入ります」
錦之介は薄く笑った。
「裏から伊達を育てる。
実に、愉快な政略ですな」
蘭丸は、その二人の背中を見つめた。
(この二人は……どこまで先を見ている)
信長が焚き火を見つめる。
「名は捨てる。歴史には戻らぬ」
静かな声だった。
「儂は、ご隠居様。
お前たちは、それぞれ別の名で生きよ」
力丸が口を開く。
「森蘭丸、改め――柳原戸兵衛」
「森坊丸、改め――世瀬蔵人」
「錦之介、改め――安倍安定」
坊丸が笑う。
「忍びの名か、死人の名でもあるか」
蘭丸は、その名を胸中で反芻した。
柳原戸兵衛。森長定ではない、自分。
信長はゆっくりと立ち上がる。
「では、始めよう。
儂は世界へ行く。
お前たちは、この国を静かにせよ」
焚き火の火花が夜空へ舞い上がる。
その光を見上げながら、蘭丸は思った。
(信長様の夢は、天下ではない。世界だ)
そして、その夢を叶えるために――
自分たちは、歴史から消える。
つづく
森さんちの兄弟も
やっぱり本能寺の変で
生涯を終えた
と、されてます
だがしかし
元魔王とゆかいな三兄弟は
てんてんてん




