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百年の眠り姫 ――幕末に眠り、戦後に目覚めた大名の姫の物語――

作者: 紡里

日本によく似た、別世界のお話です。

 将軍が政権を天皇にお返ししたそうです。

 父上は、新しい政権にも上様が参加されるなら世の中は変わらないとおっしゃる。

 一方で母上は、お江戸が戦になることを心配なさっています。


 わたくしは大名家の姫として、江戸の屋敷で生まれ育ちました。他の土地に行ったことはありません。

 戦が起きたら、どこに逃げればよいのでしょう。お国に帰っても許されるでしょうか。


 母上は将軍のお血筋だけれど、今の上様は信用できないと愚痴をこぼされました。


 昔から世話になっているという阿闍梨を呼び、わたくしを眠りに就かせると母上が言い出します。

 本当に心配性ですね。

「平和になるまで眠りに就いていて」とおっしゃいますが、そんな技があるとは思えません。

 それで母上のお心が安らぐなら、お昼寝にくらい付き合いますわ。




 目が覚めました。

 何やら薄暗いです。

 お昼寝のつもりが、夜まで寝てしまったのでしょうか。



 手探りでカタリと引き戸を開けましたら……珍妙な服装をした殿方と目が合いました。

 髷も結っておらず、西洋風のズボンを履いて、音の出る箱を見ています。


「……え? そんなところで何やってるんですか!」


「あら、ごめんなさい。目が覚めたら、ここにいましたの。

 あの、母上様がどちらにいらっしゃるか教えていただける?」

「あんた、迷子……ですか?」

 困ったような顔で尋ねてきます。


「いいえ、わたくしは自室にいたはずで……ここはどちらでしょう?」

 気がついてみると、わたくしの部屋ではないようです。


 天井の灯は眩しく、テーブルの上には見慣れない食べ物が並んでいます。

 そして振り返って見ると、わたくしが出てきた場所は押し入れのようでした。



 電気ポットというものから熱湯が出て、お茶を煎れてくださいました。

 わたくしが名乗りますと、「本当ですか?」と疑われてしまいました。


 懐剣を出し、家紋をお見せします。

「本人であることを証明するのは存外難しいものですね。これくらいしかございませんのよ」

 これも盗んだのだろうと言われてしまえば、もうお手上げですわ。



「僕は川端と申します。地方から集団就職で東京に出て参りました。

 この大学で用務員をしており、ここは宿直室です」

「大学……子弟たちが学ぶところですね?」


 そうしていろいろなことをお聞きして、あれから百年経っていることがわかりました。


「まあ。ペルリにそのまま侵略されてしまったのですか?」

「いえいえ。そのときはアメリカとは戦をしておりません。数十年経って、日本が軍事力をつけましてね。清との戦にも勝ったのですよ」

「まあまあ。そんなことが可能でしたの?」

「そのあと、調子に乗って世界に向けて喧嘩をふっかけてしまい、負けました」

「まあまあまあ……」


「あ、僕は見回りに行ってきます。一時間くらい……半刻ほどかかりますので、よかったら寝ていてください」

 太めの棒状のものを持ち上げて、川端様は立ち上がりました。火を使わない提灯ですね。


「いえ、先ほどまで寝ていましたので……。この箱を見ていてもよろしくて?」


「どうぞ。このつまみをひねると、番組が変わります。お好きなチャンネルをご覧ください」

 そう言って、夜番に出て行かれました。


 はあ、まったく驚くことばかりです。



 いつの間にか、テーブルに突っ伏して寝てしまっていました。

 お恥ずかしいことです。


 朝日が差す中で、川端様に両手をついてお願いされました。

「姫様、大変恐縮なのですが、今はそのように立派な髪を結っている女性はおりません。

 御髪を解いていただけませんか?」


「ええ、まさか。一宿一飯の恩でそのようなことを……髪を解けと……」

 お話しする内に義に篤い方だと思いましたのに……ですが、寄る辺のない女ですから仕方ないのかもしれません。

 羞恥で涙がにじみますが、覚悟を決めて……おろし方がわかりません。

「あの、自分でやったことがないものですから……やっていただけませんか?」

 情けなくて、とても小さな声になってしまいました。


「あああ~、そうですよねぇ」

 と、川端様は頭をかかえられてしまいました。


 黒いものを手に取り、じーこじーこと音を立てて回します。

「おばさん、申し訳ないんだけど、女の子の服を持って、大学の宿直室に来てくれない?

 いや、変なことなんかしてないって。迷子の子を保護しただけ」


 お一人で、何かしゃべっていらっしゃる。

 あ、西洋の機械ですね。遠方の方とお話しできるものがあると聞いたことがあります。



 ほどなくして、年配のお女中がいらっしゃいました。

 わたくしの髪をほどき、西洋の服に着替えさせてくれました。ふくらはぎが見えてしまうのが、とても恥ずかしゅうございます。

 わたくし靴というものを履きましたわ。異人さんが履いているものですよね。

 そして下宿に移動して、川端様のお帰りを待ちました。



 お話し合いの結果、川端様と同じ下宿にわたくしも住まわせていただくことになりました。

 母上が袂に小判を忍ばせてくれていましたので、それを少し売りました。

 おばさまに銭湯に連れて行っていただいたり、洋服のお下がりをいただいたりして、この時代のことを学んでいきます。



 そのあとも、歴史を聞いては驚きの連続でした。

「薩長が江戸で、政権を握ったのですか?」

「将軍のお住まいに天皇がお引っ越し? では京の御所は?」

「武士がいない……刀を差して歩いたら犯罪、ですか」


 生活もとても変わっていました。

「髪結い師がいないのならば……髪を下ろしましょう」

「この、下着というものは締め付けが……」

 ミニスカートの衝撃も忘れられません。「あ、あ、太ももまで……」 思わず、目を覆ってしまいました。


 そんなわたくしを、あの人は微笑んで見守ってくださいました。

 百年後に出会ったのが彼で、本当に幸運でしたわ。



 それから六十年ほど経ちました。

「曾祖母ちゃん、それ何ていうタイトル? 小説? 漫画? アニメ?」

「おじいちゃんとおばあちゃんの馴れ初めよ」

「うっそだー」


 ひ孫たちは信じてくれないようです。

 あのときの着物と家紋入りの懐剣を見せても、説得力はないでしょうね。



 わたくしは倒幕の戦の前に眠りに就きました。

 そして、世界規模の戦の後に目覚めたのです。

 いわゆる「戦争を知らない」女なのですわ。


 どうか、このまま次の眠りに就くまで、戦争を知らずにいられますよう。

 永久の平和を願っております。


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― 新着の感想 ―
ダイヤル式の電話とテレビに懐かしさを覚えました。本当に、いつまでも平和であってほしいものです。
押し入れから青い猫型ロボットではなく、姫あらわる。 出方によっては、結構ホラーな登場シーンに思えますが、川端さんがそこまで慌てていないのは、姫君のどこかのほほんとした浮世離れした雰囲気のせいでしょうか…
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