07. 大団円
◇ 10 ◇
怨霊が消えると共にアルカルィクの身体から力が抜け、ぐらりと倒れ込む。
サニラはアルカルィクの身体を受け止めた。そのまま、強く抱きしめる。
しばしの時が過ぎゆき、ぴくりとアルカルィクの瞼が動いた。
「サ、サニラ……」
「アルカルィク、良かった」
「私は、斬られた筈では……。いったい、どうして」
サニラはその手に握るテングリを示す。
「我が家の家宝、神剣テングリ。首領の奴は霊的存在も斬れる、丈夫で良く斬れるだけの剣だと思っていたようだけど、その本質は違うの。
手にする者がテングリによって真に主と認められた時、テングリは主の望んだものだけを斬る。
だからこその神剣。だからこそ、安易に抜いていい剣ではない」
「は、はは。まさか、そんなことが……。…………。えっと、あの、サニラ。それはそれとして、もう自分の足で立てるので、放していただいても大丈夫ですが……」
「え! いやいや、ほら、そこは気をつけないといけないからね。からね!」
「いや、あの、大丈夫だと……」
「駄目!」
「あと、あの……、くんくん匂いを嗅ぐのを止めてもらっていいですか」
「え?」
「…………」
「…………」
なんとも言いがたい沈黙が続くなか、不意に輪郭も曖昧な、幽い二つの人影が、サニラとアルカルィクの近くに現れた。
「ひょえっ」
突然現れた人影に驚き、サニラは抱きしめていたアルカルィクの身体から手を放した。
あまりに急に放されたアルカルィクはつんのめり、ふらふらと人影の前まで進んだ。
間近でまじまじと見たアルカルィクは気付く。その幽い人影が死んだ領主夫妻であることに。
「御領主様、奥方様」
領主夫妻はそっとサニラに手を差し伸べた。たとえ同じ場にいようとも、生者と死者が交わることはない。
サニラは近づき、伸ばされた手を取ろうとするが、触れることはできない。サニラの手は擦り抜けた。
しかし、サニラは涙を浮かべ、両親と手を重ね合わせた。
「やっぱり、さっきのは父上と母上だったんだね」
テングリの傍に現れ、首領の気を逸らした手。それは領主夫妻のものだった。
こうして形を取ることができたのは、この場が霊域となっているから。ただし、領主夫妻が強い霊力を持たず、形を取るだけで精いっぱいなのは。
「ずっと見守っていてくれたんだね。ありがとう」
サニラが撒いた霊符によっても顕現することなく、今も首領のような強い霊力を持たないのは、領主夫妻は自分たちの境遇を受け入れ怨みを抱いていないから。
ただ一片の親心が、最後の心残りとしてサニラの元に留まっていた。
そして、今。その最後の心残りも解消される。次第に領主夫妻の姿は薄らいでいく。
薄らぎながら、領主夫妻はサニラとアルカルィクの二人に手を伸ばす。二人は応え、その手を取るかのように押し頂いた。
領主夫妻は二人の手を導き、その手を重ね合わさせた。
「父上、母上」
「御領主様、奥方様」
領主夫妻は柔らかく微笑んだ。より一層、その姿が薄らいでいく。いよいよ消える寸前、何事かを語りかけるため唇が動いた。
二人にはその声にならない言葉が聞こえた。末永く幸せに、と祝う言葉が。
「父上、母上。ありがとう」
「必ず幸せにすると約束いたします」
領主夫妻は頷き、儚い光となって消え去った。二人は光を見送り、領主夫妻の冥福を祈る。
そして、二人は見詰め合い、そっと唇を重ねた。
後に再びの繁栄を取り戻した焔国の人々は、遙か後の世まで言い伝えたという。
都市を襲い滅ぼした悪逆非道の百人の賊たちと、その賊たちを退治し、焔国を復興した夫婦がいたことを。
〈了〉




