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オアシス都市の死霊姫  作者: 墨屋瑣吉


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01. 来訪



 ◇ 1 ◆


 (かつ)て西域に『永遠(とこしえ)に輝く沙漠の真珠』と(たた)えられた都市国家があった。


 東西交易路上の重要な中継地点として、多くの商人たちが訪れ、また旅立った都市(まち)、『(イェン)国』はその繁栄振りを(うた)(うた)われ、その名は遙か遠き地にまで知れ渡っていた。


 東西南北の各大国は焔国の富を手中に収めんと、虎視眈々と機会を狙っていた。しかし、どこまでも続く(あか)い沙漠が大国の侵攻を(はば)み、焔国は(なが)の平和を甘受していた。


 しかし今、その場所にあるのは無残な廃墟。歌舞音曲は途絶え、在りし日の繁栄を(しの)ばせるものは残っていない。

 十三年前、突如どこからともなく大挙して現れた賊たちによって大規模な争乱が起こされ、多くの住民が殺され、都市は焼かれたために。


 凋落の決定的な要因となったのは、争乱の際、豊かな水量を誇っていた地下水路(カレーズ)が破壊され、その復旧を行える技術者も人手も失われてしまったことだ。


 現在は往事の十分の一以下にまで数が減った住民たちがなんとか生きられるだけの水がやっと得られている状況だ。交易都市としての機能が失われた焔国を訪れる商人など、もはや存在しない。





 その訪れる者も(まれ)な焔国に、今一人の旅人がやって来た。


 それは商人ではない。伴っている駱駝の背に載せている荷はわずか。沙漠を旅するために必要となる最低限の荷を載せているだけなのだから。

 兵士でもない。剣も槍も弓矢もなく、武器と言えるものは道具として使う短剣のみなのだから。


 広く世を見て回る学者か、物好きか、あるいは訳ありの旅人なのか。


 服装からもこの人物を知る手懸かりは得られない。沙漠の強い日差しにより着ている物は色褪(いろあ)せ、砂埃にも(まみ)れているために。精々、高価な服ではないと知れる程度だ。


 同様に顔かたちもよくわからない。顔は目の下までを広く覆面で覆い、深く頭巾を(かぶ)っているために。


 唯一見てとれるのは、その冷ややかな目差(まなざ)しのみ。旅人は冷たく射貫くような目付きで焔国を見詰め、(つぶや)いた。


「うにょー、お腹空いたー、喉渇いたー、しんどいよー。暑過ぎ、もぉう、しんどーい」


 ん? 冷ややかな目差しは? どこいった?


 旅人は覆面に指を掛け、引き下ろした。ちょうど強い風が吹き頭巾も(めく)れ、その顔と古ぼけた籽玉(しぎょく)の髪留めでまとめた傷んだ長い髪が(あら)わになる。


 この旅人は女性だった。おそらくは成人手前で、おそらくはそれなりに整った面立ちをした女性。随分日に焼け、肌もかさつき、砂塵に汚れているため、おそらくは、としか言えないが。


 おや? おかしいな。自分の声が聞こえたのだろうか。一瞬こっちを見たような……。ああ、偶々(たまたま)か。だよねー。


 女性は鞍に(くく)りつけている水袋を手に取り、水の量を確かめるように振っている。が、残念ながら中は空のようだ。女性がひどく悲しそうな表情に変わったからね。


 うん? 諦めきれないんですか。女性は大きく口を開け、栓を抜いた水袋を逆さにして上下に振っている。

 あまり行儀が良くないですね。そんなことをしても空の袋から水が出てくる訳ないじゃない、口に入るのは砂埃だけだって。


 ほら、やっぱり。顔を(しか)めて、砂粒を吐き出す羽目になってる。


 そんなことするくらいなら、さっさと都市に、いや、元都市か。それでも、焔国に行きなさいよ。人数減ったとは言え、人が暮らしているんだから、沙漠の直中(ただなか)でぼやぼやしてるよりはましでしょ。


 おっ、声が聞こえた訳でもないんでしょうが、女性はふらつきながらよたよたと都市を目指して進んでいく。




 ◇ 2 ◆


 都市(まち)に入っても人影は見当たらない。それは日差しの強さだけが原因ではないだろう。


 なぜなら、ここは都市に入ってすぐの(かつ)てなら多くの商人たちを出迎えた都市の顔とも言える場所。なのに、十三年前の争乱で崩れた建物がそのまま放置されているのだから。


 復興どころか片付けを行えるだけの人手がないのか、そのための気力がないのか、もっと別の理由なのか。


 いずれにしても、もう(イェン)国に往事の繁栄が戻ってくることはない、それを一目で感じさせる光景だった。




 ただ、女性にはそんな光景に気を取られる余裕もないようだ。一目散に門から入ってすぐの場所にある噴水へと突進した。


 いや、でもね。


「ひーん、なんでぇ。なんで、水ないのー」


 いやいや、離れた場所から一目見ただけでもわかるじゃない。どこからどう見ても水は干上がってるし。なんで、突進するかな。


 ていうか、周りの状況見れば、噴水なんて維持できる状態じゃないのはわかるじゃん。ほら、連れている駱駝もなんか可哀想な人見る目になってるし。


「もう、やだ。喉渇いたしぃ」


 女性は手足をばたつかせ、一人騒いでいる。元気だなぁ、おい。

 そんな元気あるなら、さっさとそこから移動しなさいよ。いつまでもそんなところにいたら。


「ひひひ。なんだぁ、()きがいいお嬢ちゃんじゃねぇか」


 なん、だと。お嬢ちゃんだったのか。なぜ、一目でわかる?


 いや、そうじゃなくて。ほら、やっぱり。こんなぼろぼろの廃墟なんだから、(ろく)でもない奴らが住み着いてるのは想像がつくでしょ。

 どうすんの、ざっと五人ばかり武器を手に逃げらんないように包囲しながら近づいて来るじゃない。


 身の危険に、ってなして満面の笑顔?


「ふっふーん。お兄さんがた。いいところに来てくれましたねぇ」


 女性は逃げようともせず、にこにこと笑いながら柄の悪い男たちに自分から近づいていく。


「おっ、なんだぁ。ひひ、男に飢えてやがんのか。いいぜ、たっぷりかわ、がっ」


 はっ、なに。柄の悪い男がにやつきながら女性に触れようとした瞬間。両者の姿が消えた。

 え、あ、いや、ええぇぇぇ。激しい音と共に柄の悪い男が廃屋の壁に叩きつけられた。女性はしなやかな動きで次々と男たちを()していく。


 まじか、めっちゃ強いんですけど。あれは唐土の拳法なのか? 独特の動きと呼吸で、その姿を目で追うことも難しい。


 瞬く間に男たちを全員叩きのめし、ってちょっと待て。必死に()って逃げ出そうとする男たちを取っ捕まえて逃がさないんですけど。

 なに、この()、怖いんですけど。鼻歌を歌いながら叩きのめした柄の悪い男たちの懐を(あさ)っている。


「わーい、水だ。ありがとね」


 うわお、やってることは賊そのものじゃん。その(ほが)らかな笑顔が逆に怖いよ。ん、なんだ? どこからか人の声がする。



「娘さん」


 近くの建物の内から呼びかけられるが、女性は水を飲むのに夢中でまるで気付かない。


「そこの美人で、かわいくて、聡明で、素敵な娘さん」

「なんですか」


 急に反応したよ。おい、わざとか。


 煉瓦造りの壁に塗られた漆喰は全て剥がれ落ちているが、それでも他よりはまだまともな建物から老爺が手招きをしている。女性は漁って見つけた荷を抱え、とことことその建物へと歩いて行く。


 老爺は女性を建物内へ招き入れ、いたく真剣な表情で話しかける。


「娘さん、あんた大変なことをしてしまったな。この都市にいては危険じゃ。早くお逃げなさい」


 なのに女性は呑気にぽやぽやと問い返す。


「お爺さん、ここ食事処ですか? 今、お店やってます? なにか食べられたりします?」


 老爺は一瞬、絶句しかけたが、すぐに気を取り直し再度の警告を伝える。


「娘さん、あんた自分の状況がわかっておるのか。あんたが打ち倒した破落戸(ごろつき)どもは、この辺り一帯を支配する賊の手下なんじゃ。奴らに手出しすれば只では済まん。

 自分の腕に自信があるのかもしれんが、いくら腕が立ったところで一人でできることなど知れておる。悪いことは言わん。奴らに見つかる前に早く逃げなさい」


 女性は自分の唇に伸ばした指を当て、考え込んでいる。


「うーん、その人たちはそんな大人数がいるってことですか」

「ああ、そうじゃ。百人は下らん。それに単に人数が多いだけではない。奴らは十三年前にこの都市で争乱を起こし、焔国を滅ぼした悪逆非道の賊どもじゃ。それ以来、この都市を牛耳り、誰も逆らうことはできぬのじゃ」


「そうなんだ。うん、お爺さん。よくわかったよ」

「おお、そうか。なら早く」


 老爺は言いかけるが、女性は聞いていない。力強く胸を張り、拳を握る。


「そいつら、わたしが成敗してあげる」


 うん、なるほど。どうやらこの女性は、阿呆の()であるようだ。

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