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「いらっしゃいませー……って早川と蓮見じゃん。よく来たね」

 カランカランと軽快な音を鳴らして扉を開くと、白いシャツに黒いスラックス、そして黒いエプロンを腰に巻いたいつもと違う雰囲気の紫が立っていた。

「こんにちは!サービス券使いに来ました!」

「よしよし、いま空いてるから俺が一番良い席に案内してやろう。蓮見もいらっしゃい」

「こんにちは」

 そう言って案内されたのは店の一番奥、窓際で通りがよく見える席だった。氷の入ったグラスを慣れた手つきで二人の前に置きながら、紫はメニューをそれぞれに渡す。

「いま試験期間中だっけ?」

「そうです!昼までだし部活も休みだからコーチの働く姿を見られるチャンスかなと思って!」

「おーしっかり目に焼き付けていけよ。今のオススメはこのランチセット、決まったら呼んで」

「はい」

 どれも美味そうだな~!とメニューを見ている早川越しに去っていく紫の姿を盗み見る。すらりと伸びた体躯にウェイター姿がとてもよく似合っている。ふと、カウンターから紫に話しかけていたのは、この間図書館で見た小柄な女性だった。親しげに話しこむ姿を呆然と見つめていると、相手もこちらを見たので目が合った。にこりと人の好さそうな笑みを向けられて、慌ててメニューに目を落とす。

(感じ悪かったかな……)

 ハァとため息を落とすとメニューで顔を隠しながらも、またチラチラと盗み見てしまう。早川はもう決まったようで、氷の入った水を飲みながら蓮見の注文が決まるのを待っていた。

(楽しそう……この前も一緒にいたし、バイト先も同じなんて、仲良いんだな……)

 そう考えると胸がチクリと痛んだ。


「あそこの高校生って紫の後輩?ねえ、あの黒髪の子ってこの間図書館にいた子じゃない?」

「そうだよ」

「えー!綺麗な子だねぇ。あたし年下も好き!紹介してよ」

「高校生に手出したら犯罪だぞ」

「あと半年もすれば卒業じゃん。それまで待ってればいいでしょ。断る理由にならないでーす」

「えー……」

 ちらりと蓮見の方を伺う。早川と顔を突き合わせて今日のテストの自己採点をしているらしい。確かに、初めて見た時、自分も蓮見のことを綺麗な子だなと思った。中性的なわけではないが、どこか近寄りがたい魅力がある。二年の田端に言わせると、「会長は全校生徒の憧れですよ!クールでかっこよくて、仕事が出来て、とにかくパーフェクトです!」と力説していた。

 でも、紫に見せる顔は少し違う気がする。感情が顔に出る方だし、照れている時はうなじまで赤くしていて、クールというよりは庇護欲をそそる雰囲気だ。

 好意を持たれていると思う。それがどんな意味での好意かは紫も図りかねているが、今のところ嫌な気持ちはしない。

「ねえ!あたし運んでいい?ついでに連絡先聞いてこよ」

 そう言って料理を運ぼうとするのを制して、トレーを取り上げる。

「だめ」

「なんでよ」

「田中の魔の手から後輩を守るのは先輩の義務だ」

「はー!?意味わかんないし、ていうか保護者じゃないんだから誰と連絡先交換しても関係なくない?」

「関係ある。蓮見はだめ」

「なんで!」

 紫の言葉に文句を言いながら、田中は「あ、わかった」と手を打った。

「じゃあもう一人の子ならいいわけ?」

「早川?あいつってお前のタイプだっけ?」

「どうなのよ」

「別にいいけど」

「蓮見って子は?」

「だめ」

 すっぱりと言い切った紫に、田中は口を押えて震えだした。

「そういうことかー……最近紫に浮いた話がなかったのは蓮見くんのせいだったのね。そっかそっか」

「はぁ?何言ってんの」

 怪訝そうに眉を顰める紫に、田中はびしっと指を差した。

「彼氏でもないのに独占欲丸出しはカッコ悪いよ、先輩」

 そう捨て台詞を吐いて、紫の持っていたトレーを取り返すと蓮見達の席へ運んで行った。


「お待たせしました!パスタランチのお客様は……」

「あ、はい。ありがとうございます」

 机に広げていたテスト用紙を慌てて片付ける蓮見の前に、本日のおすすめのワンプレートが置かれる。早川の前にはライストサラダがついたハンバーグランチ。

 机に並べ終えると、田中はそのまま蓮見の隣に腰を下ろした。

「君たち、紫の後輩なんだって?私あいつと同じ大学なんだ」

 以前図書館で見かけたので知っています、とは言えずに蓮見はどうも、と頭を下げた。

「大学でのコーチってやっぱりモテますか!?」

 いただきますの挨拶もそこそこに、早川がナイフとフォークでハンバーグを切り分けながら聞くと、田中はケラケラと笑いながら首を振った。

「紫はねー、誰にでもまんべんなく優しいからモテるけど誰とも付き合わないんだよねぇ」

「そうなんですか?」

「私の知り合いにも何人か告白したって子いるけどね、みんな泣いて帰ってきたよ。少なくとも大学四年間はフリーだったと思う。その前は知らないけど」

 それよりも、と田中は蓮見の方を見た。

「蓮見くん可愛い顔してるね。よかったら……」

「ストーップ!田中、さぼってないで仕事しろ」

 突然背後から現れた紫が、田中の腕を掴んで立ち上がらせる。そのままカウンターへ帰っていく二人を、蓮見と早川はポカンとした顔で見ていた。


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