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 普段、蓮見は学校に生徒会業務、そして夜や休日は塾がある。紫も自分の学業やコーチで忙しくしているので、朝や夜に少し連絡を取り合うくらいだった。

 それでも、自分が送った他愛のないメールに律儀に返信してくれることが嬉しくて、思わず画面を見る顔がほころぶ。

「コーチから?」

 携帯を見ていると、目の前でがぶりとパンを頬張る早川に声を掛けられた。

「え、ああ、うん。そう」

「仲良いんだ」

「仲良いっていうか……前に助けてもらってことがあって、それで」

 早川はくしゃりと包み紙を丸めると、リスのように頬を膨らませて咀嚼しながら次のパンを手に取る。蓮見は携帯を置くと、弁当箱の包みを開け始めた。

「蓮見ってコーチのこと好きなの?」

「えっ!?」

 ガタンと立ち上がった蓮見に、昼休みでガヤガヤと騒がしかった教室中の目がピタリと集中する。慌てて「ごめん、でっけー虫いた!」と早川がフォローすると、「なぁんだ」「びっくりしたー」と口々に言う声が聞こえ、再び喧噪が戻ってくる。蓮見はガタガタと音を立てながら座りなおすと、じっとこちらを見てくる早川になんと答えればよいのか必死で考えていた。

「そんなに驚くとは思わなかった」

「驚くでしょ、なに、急に……」

「だって、連絡とってるんでしょ?」

 それ、と言って蓮見の携帯を指差す。「メールくらい、誰とだって……」と口の中でもごもご言い訳をしていると、ポンと肩に手を置かれた。

「俺が何年お前の親友してると思ってんだよ。そんなに嬉しそうな顔してたらすぐわかるって」

「……」

 誤魔化しても無駄だとわかり、体中の血液が一斉に顔に集まる。そんな蓮見の姿を見て、早川は声を出して笑った。

「わかりやすいなー、蓮見は!」

「う、うるさいな。何も言ってないだろ!」

「言わなくてもバレバレだって」

「え……バレバレ……!?」

「コーチって経験豊富そうだよなー。男は知らないけど」

「経験、豊富……」

「あの人23歳だろ?大学は共学だし、彼女の一人や二人いたんじゃない?」

「恋人……いるのかな……」

 紫との連絡に一喜一憂していて、恋人の存在を気にする余裕もなかったが、確かにあれだけの長身と整った容姿をしていて大学院に行くほど頭がよくバスケもできるとなれば、女性も放っておかないだろう。青ざめて固まってしまった蓮見を見て、早川が言う。

「それとなーく聞いてやろっか」

「えっ」

 パッと嬉しそうに顔を上げた蓮見を見て、早川は再び笑い出した。

「今日練習あるから、終わってから聞いてみるよ。生徒会の仕事は?」

「ある」

「じゃあ一緒に帰ろうぜ。いつも最終下校まで残ってるよな」

「わかった。終わったら連絡して、門で待ってる」



「十分休憩ー!」

 ピーッという合図とともに、部員たちは足を止めた。紫も休憩をするために飲み物を手にとり、舞台の上に腰を掛けた。

 すると、タオルを首にかけた早川が「お疲れ様です!」と走り寄ってくる。

「コーチ!この間教えてもらった駅前のラーメン屋、すげー美味かったッス!」

「おお、あそこ美味いよなー!何食べた?」

「色々あって悩んだんですけど、まずは一押しの醤油にしました」

「醤油な!」

 カラッとした人好きのする笑顔を見せながら「腹減ったなぁ」という紫に、早川はすかさず質問する。

「他にも、おしゃれな店とか知ってますか?」

「ん?」

「いやー、後学のために!彼女さんとどんな店行くのかなと思って!」

「あー……どっかあったかなぁ。しばらく彼女いないから」

「え!いまフリーなんですか?」

「うん。あ、おしゃれな店なら俺のバイト先に来いよ。カフェバーだから、昼間は普通におしゃれなカフェやってるし」

「へえ!いいっすね!じゃあ今度、蓮見誘っていきます!」

 早川がそう言うと、「蓮見と同じクラスだっけ」と紫が言った。

「小さい頃から仲良いんスよ。幼馴染ってやつで」

「へえ」

 紫の反応を見逃さないように、早川は慎重に言葉を選ぶ。

 早川は小学生の頃から蓮見の家の書道教室に通っており、学校は違ったもののそのころから仲が良かった。おおらかな性格の蓮見といると、無駄に腹が立ったり嫌な思いをすることがない。蓮見を一言で表すなら、穏やかな海のようだと早川は思っていた。

 そして、そんな蓮見に初めて降って湧いた初恋という一大イベントに、正直早川が一番興奮していた。色々と前途多難なことはわかっていたが、少しでも力になってやりたいと思うのが親友というものだ。

「じゃあ、サービス券あげるよ」

「え!いいんですか?」

「うん、二人でおいで」

 よっしゃー!と拳を突き上げる。自分に出来ることは少ない。恋愛は当事者同士の問題だからなおさらだ。それでも、少しでも何かのきっかけになれればいいなと、早川は思った。




(ずいぶん日が落ちるのが早くなってきたな)

 早川から部活が終わったと連絡を受けた蓮見は生徒会の仕事を切り上げると、暗くなり始めた空を眺めながら校門の前に立っていた。

「あれ、蓮見?」

 後ろから声をかけられて振り返ると、そこには部活終わりであろう紫が立っていた。

「ゆ、紫さん……!?お疲れ様です!」

 突然の出来事に蓮見が驚いていると、二人の後ろを自転車乗った早川が通り過ぎた。

「コーチお疲れ様でした!蓮見また明日ー!」

 早川は早口でそういうと、二人を置いて走り去っていく。

「早川!?一緒に帰るんじゃ……」

 あっという間に見えなくなった背中を見て、蓮見はため息をついた。するとポケットの携帯が震えて、慌てて確認する。

『コーチ、今は彼女いないって!一緒に帰ろって誘ってみな』

 笑顔で親指を立てたスタンプと一緒に送られてきた文面に、思わず携帯を地面に叩きつけそうになる。

(絶対面白がってるな……)

「早川と帰るつもりだったの?行っちゃったけど」

 紫から声をかけられて、慌てて携帯をしまった。

「そのつもりだったんですけど、なんか用事ができたみたいですね!」

 ハハハと笑いながら誤魔化すが、突然の出来事に心臓が爆発しそうだった。

「蓮見は家近く?」

「あ、電車で一駅です」

「じゃあ駅まで一緒に帰ろうか」

 思わずパアッと顔が明るくなる。

(早川ありがとう!)

 薄暗い駅への道をゆっくりと歩きながら、紫の様子を伺う。部活後だからか、今日はいつもと違って一つに結んだ髪の毛が、歩みに合わせてひょこひょこと揺れているのが可愛くて、思わず頬が緩む。

 毎日通っているはずの道が、紫と一緒だというだけでまるで別の景色に見えてくる。

「生徒会ってこんな遅くまで残ってんだね」

「あっ、いえ、いつもはもっと早いんですけど……もうすぐ学園祭なので」

 生徒会は生徒の代表委員といっても普段はあまり仕事はない。生徒達が自主的に活動する学園祭が一年で一番忙しい時期なのだ。クラスや部活の出し物の調査、それにかかる費用、使用場所の時間を割り振ったりと色々な生徒からの要望をまとめて調整しなければならない。

「あ、そうだ。ちょっと待ってください!」

 そう言って蓮見は鞄から財布を取り出すと、自販機へと走り寄った。

「よかったら、好きなの選んでください。遅くなったけど、あんまり良いお礼が思いつかなくて」

「えー、なんか悪いね。大したことしてないのに。じゃあ遠慮なく、これお願いします」

 蓮見がお金を入れると、紫がボタンを押す。ゴトンという音とともに落ちてきたのは蓮見が買ったことのないものだった。

「おしるこ……?」

「飲んだことない?結構うまいよ。冬しか置いてないんだけどね」

 缶を振りながら紫が言う。小豆の粒が入っているらしい。

「甘いもの好きなんですか?」

「うん。和菓子とか好き」

 運動した後に食べる甘いものって最高だよね、と紫が笑う。子供のような笑い方につられて頬が緩んだ。「そういえば、早川に聞いたんだけど蓮見って書道部なの?」

「はい」

「運動できるのに勿体にないって言ってたよ」

 運動は嫌いではない。でも部活にすると土日が潰れるのが嫌だったので中学の時から文化部に入っていた。

「休みの日は散歩したり美術館とか動物園とか、いろんなところをフラフラするのが好きなので」

「結構アクティブなんだね」

「そうですね、言われてみれば」

 誰かと遊んだり家族で出掛けることもあるが、一人でいることも多い。

「書道部でも賞とかとってるんでしょ?小さいころからやってるの?」

「母が自宅で書道教室をしているので、筆を持ってきちんと始めたのは幼稚園くらいです」

「へー!俺は学校で習ったくらいだなぁ」

「墨の匂いが落ち着くんですよね。墨をすってる時の無心になれる感じとか、筆の硬さを確かめている時とか、自分と向き合う時間が面白いです」


そこまで言って、ハッと我に返る。勝手に語ってしまったと恥ずかしくなって紫を仰ぎ見ると、街灯に照らされて微笑みながらこちらを見る紫があまりに綺麗で思わず息をのんだ。

「学園祭でも展示するの?」

「は、はい!学祭は保護者以外にも地域の方も来校できるので、よかったら紫さんも来てください」

 頬が熱くなるのを感じながら、俯いて答える。


 その後もとりとめのない会話をしていると、あっという間に駅に着いてしまった。

「じゃあ、ありがとうございました」

「うん、またね」

 そう言って紫が来た道を帰ろうとする。

「紫さん、反対方向だったんですか?」

「うん。でもここから歩いても十分くらいだから」

「俺、知らなくて……すみません、遠回りさせて」

 自分は楽しかったけれど、部活で疲れている紫に余計な手間をかけさせてしまった音にしょんぼりと肩を落とす。そんな蓮見の頭をポンポンと叩くと、紫は言った。

「蓮見と話せて楽しかったよ。おしるこもご馳走様」

 じゃあね、と言って今度こそ来た道を戻っていく。蓮見は暗闇に溶けていく後ろ姿を眺めながらしばらくその場から動けないでいた。

(やっぱり、好きだな)

 紫の優しさに触れるたびに、なぜだか泣きそうになる。愛しくて胸が苦しくなることを、蓮見は初めて知った。


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