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「うん。ありがとう。俺も好きだよ」


 その言葉に弾かれたように紫を見た。紫は真っ直ぐに蓮見を見つめて、嬉しそうに微笑んでいる。

「え、う、うそ……」

「本当。蓮見のこと可愛くて仕方ない」

「か、かわいくはないです」

「ははっ、そういうところは頑固だよな」

 くしゃっと顔を歪めて笑う。

 紫の笑い方が好きだった。それが今自分にだけ向けられている。

 紫が指の腹でそっと蓮見の涙をぬぐった。

 そこで始めて自分が泣いていることに気付く。

「遅くまで残って仕事して、同級生に頼られてたり、後輩に慕われてたりする蓮見が、クールでかっこいいとか言われてんのに、俺と目が合うと耳まで真っ赤にしてんのが愛しくて。初めは子犬に懐かれたなって思ってただけだったのに、だんだん触りたいなって欲が出てきてこれはもう恋だなと」

「ほ、ほんとですか……?」

「ん?」

「俺が紫さんに触りたいって、触られたいって思ったみたいに、紫さんも俺のこと触りたいって思ってくれたんですか?」

「うん」

 紫は微笑んで頷くとサラリとした蓮見の髪に手を差し入れた。そして、そのまま優しく引き寄せられて、紫の腕の中に倒れこむ。紫の匂いに包まれて、胸がいっぱいになった。

「卒業するまでは、一応距離をとってたんだけど……今日で卒業したから、みんなの蓮見じゃなくて、俺だけの蓮見にしてもいい?俺と付き合ってほしい。大事に、するから」

 初めて聞くような優しい声色に涙があふれて、しゃくりあげる声が止まらない。失恋したと思っていたのに。

「はい……よろしく、お願いします……!」

「ん、よかった」

 宥めるようにポンポンと頭を撫でられる。この大きな手が大好きだった。

「とはいえ、男と付き合うの初めてだから上手くセックス出来るかはわからないけど」

「セッ……!?」

 突然の言葉に涙が引っ込む。付き合うということの延長線に待っている生々しい想像をしてしまい、蓮見はこれ以上ないくらいに真っ赤になった。

「あの、俺、同性どころか人と付き合ったこともなくて……」

「そうなんだ。まあでも俺も似たようなものだよ。じゃあ……とりあえずキスしてみる?」

「へっ……」

 そう言って近づいてきた端正な顔に耐え切れずぎゅうっと目をつむる。

 一瞬柔らかいものが唇に触れて、すぐに離れていった。強張っていた体から力が抜けた。

「どう?ファーストキスの感想は」

「あの、や、やわらかかったです。あと紫さんいい匂いがしました……」

 ぼんやりとしながらそう答えると、紫は「わー凶悪……」と呟くと、隣に座っている蓮見の体を片腕で抱き込んで、顎を掴んだ。

「息は鼻でしてね」

「え?」

 そう言われると、再び唇が合わさる。ちゅ、と微かなリップ音をさせながら、何度も口づけられて息が続かなくなる。思わず「はぁっ」と息を吐きだすと、開いた唇にぬるりとした感触が触れた。

「っ!?」

 びくりと体を揺らすと、逃がさないとばかりに体を抱く紫の腕に力が入った。

「……っ……ん……」

 鼻から抜けるような声が漏れる。舌を絡めとられて、時々吸い上げられて、息苦しさに涙がにじんだ。ぞわぞわとお腹のあたりから這い上がってくる感覚に身震いする。

 キスをされながら、紫の手が首元や耳を優しく撫でていくたびに、体に力が入った。


 その時、ポケットに入っていた携帯が震えた。

 ビクリと体を硬直させると、紫の腕をポンポンと叩く。

 ようやく唇が離れるころには、蓮見の体からは力が抜けてくたりと紫に凭れかかっていた。

 肩で息をしていると、紫が「大丈夫?」と言って優しく頭を撫でてくれた。こくりと頷いて、震えている携帯をポケットから取り出すと早川からの着信だった。

「クラス会のことかな……」

「出れる?」

「いいですか?」

 どうぞ、と言いながらも紫は蓮見を抱きしめたまま動かない。涼しい顔で自分の携帯に手を伸ばしているところを見ると、どうやら離す気はないらしい。

 キスの余韻と紫の体温で高鳴る鼓動を抑えつつ、蓮見は一つ息を吐いて電話に出た。


『あ、もしもし?いま平気?クラス会の人数なんだけどさ……』

「うん、大丈夫。えっと、参加できないのが……」

 早川がクラス会の幹事を任されていたので、参加人数を伝える。何時ごろに着くかなどを答えて、あらかた話し終わったのを見計らった紫が、「ちょっと貸して」と蓮見の持っていた携帯をスピーカーに変えた。

「もしもし早川?」

『え!コーチ?一緒にいるんですか?』

「うん、そう。蓮見とはきちんと話せたから、心配かけて悪かったな」

 心配、というのは学園祭の時のことだろう。あの時から早川は蓮見の前で紫の話をしようとしなかった。けれどもちろん部活で紫には毎日会っていただろうから、かなり気を使わせていたのだろうなと思っていると、

『誤解解けたんですね!良かった~!』

 画面の向こうから早川の安堵したような声が聞こえた。

「誤解?」

 早川の言葉に首を傾げる。

『学園祭のすぐ後に、コーチから話があるって言われてさ、蓮見とは自分から話すからそっとしておいてくれって、お前の大事な幼馴染を悪いようにはしないからって言われて』

「早川、」

『それで見守ることにしたはいいものの、いつまで経っても蓮見は暗いし、コーチも何も言ってこないし、にもかかわらず「最近蓮見は元気?」とか「受験上手くいきそうなのか?」とか探り入れてくるし、俺のせいで二人がすれ違ったままになるんじゃないかと思って……』

「早川!クラス会には間に合うように蓮見返すからな!切るぞ!」

 一方的に話し続ける早川にしびれを切らした紫が、返事も待たずに通話を切断する。

 自分の知らない二人のやりとりに目を丸くしていた蓮見は、「ったくあいつ……全部話しやがって……」とバツが悪そうに携帯を睨む紫の耳が赤く染まっているのを見て、じんわりと嬉しくなった。

「あの、紫さん。早川にはお付き合いすることを報告してもいいですか?」

「ああ、うん。もちろん。」

「他の人には、話す勇気はないんですが、早川は俺にとっても大事な幼馴染なので、相談に乗ってもらったし報告したいと思って。」

 蓮見に携帯を返すと、紫はソファに座った蓮見の頬に軽く口づけた。

「もう手放してやるつもりもないから、早川には安心しろって言っておいて。」

 触れた頬と優しい言葉がくすぐったくて、蓮見は肩をすくめて笑った。



end.

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