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「会長、好きだ!俺と……付き合ってくれ!」

 勢いよく目の前に出された右手に、蓮見幸太(はすみこうた)はぱちくりと瞬きをする。

「えっと……話っていうのはつまり、告白?」

「うす!」

 がっしりとした体形の坊主頭の生徒は、少し頬を赤らめて「よろしくお願いします!」と頭を下げた。二人の間をはらりと落ちる木の葉。差し出された右手と坊主頭を交互に眺めながら、蓮見は相手に気付かれないようにそっとため息を吐いた。

 遡ること数分前。今日は生徒会の仕事もないし、塾まで時間が空いているので少しだけ本屋に寄ろうかな、などと考えながら下駄箱を開いた。すると、見慣れない紙きれが靴の上にちょこんと置かれている。

 そこには「放課後、体育館裏に来てほしい」と書いてあった。簡潔にそれだけ書かれた紙を見て、蓮見は果たし状か、告白かと考える。とはいえ、人に恨まれるようなことをした覚えはないし、喧嘩の腕に覚えもないので前者の可能性は低い。そして、告白もないだろうと蓮見は信じたかった。なぜならこの槻谷(つきたに)学園は由緒正しい中高一貫の男子校なのだから。

(うーん、後者だったかー……)

 触り心地のよさそうな坊主頭を眺めながらぽりぽりと頬をかく。にわかには信じがたいが、告白だった。女子とは縁遠い生活のためか、稀にそういうカップルもいると噂には聞いていたけれど、自分が告白を受ける日がくるとは露ほども思っていなかった。

 右手を出したままプルプルと震えている彼は、確か柔道部の部長だったはず。生徒総会で見たことがあるし、生徒会室で何度か会話した記憶もある。もしかしたら同じクラスだったこともあったかもしれない。けれど、いったい自分の何が彼の琴線に触れたのか、謎だ。

 蓮見は相手を刺激しないように落ち着いた声で言った。

「気持ちは嬉しいんだけど、俺は男だから君とは付き合えないよ」

 そう、自分に好意を持ってくれているその気持ちは純粋に嬉しい。しかし、ここは男子校で、自分も相手も男。断る以外の選択肢を蓮見は持ち合わせていなかった。

「わかってる!でも、高校最後の思い出に、学祭まででもいいから付き合ってくれないか!?」

(うーん、押しが強い……)

 唾を飛ばさん勢いで近寄ってくる柔道部部長から距離を取るように少し体を引くと、背中がトンと壁に当たった。

「学祭までは生徒会も忙しいから、誰かと付き合う余裕がないと思うんだ。ごめんね」

 なるべく相手を傷つけないように言葉を選びながら断ると、「じゃあ」と言ってその場を去ろうとする。

 すると、突然右手を掴まれて、持っていた鞄がドサリと落ちた。

「待ってくれ、お、俺……!」

「いてて、ちょっと落ち着いて……」

 あまりの握力に、思わず顔を顰める。さすが柔道部、力の強さは並ではない。振りほどこうとするが、圧倒的な筋肉量の差にびくともしない。

 鼻息を荒くしながら距離を詰めてくる柔道部部長の胸を反対の手で押し戻しながら、どうしたものかと少し焦り始めていたその時、

「こらこら、なにしてんの」

 唐突に声を掛けられて、蓮見の腕から手が離れた。解放されたことにホッとしながら、聞きなれない声に顔を上げると、そこには初めて見る大柄な青年が立っていた。髪を緩く結び、スポーツバッグを肩に下げている。

「嫌がってない?何事も無理矢理はよくないぞー」

 男は蓮見達を見下ろしながら怪訝そうに眉根を寄せた。たったそれだけで高校生を威圧するには十分な迫力だった。柔道部部長は、青ざめながら「ご、ごめん」と蓮見に言うと青年を避けるように踵を返した。

「あっ、ねえ!最後の大会、頑張ってね」

 走っていく背中に蓮見がそう声をかけると、振り返らずにスピードを上げて校舎の方へ消えていった。

 それを見送ってホッと息を吐いた。震える手で痛む手首を擦ると強張っていた体から力が抜ける。蓮見が腕をさすっているのをみて、青年が声をかけた。

「怪我した?保健室行く?」

「あ、いえ、大丈夫です」

 そう答えながら、青年を見上げる。やはり、見たことのない顔だ。端正な顔立ち、というのだろうか。蓮見も身長は低くないが、その自分でも見上げないと目が合わないほど背が高い。

(誰かのお兄さんとかかな……?)

 それにしては保護者証をつけていないな、などと黙って考えていると青年は地面に落ちていた蓮見の鞄を拾い上げて、土や葉っぱをパタパタと落として手渡す。

「ん、綺麗になった。帰っていっぱい飯食って、早く寝な」

 じゃあな、と言って蓮見の頭をポンと叩くと、体育館の入り口の方へと歩いて行った。しばらくその後姿を眺めていた蓮見だったが、ハッと我に返ると慌ててそのあとを追った。

(お礼!言わないと……!)

 角を曲がると、ちょうど体育館に入っていくところだった。中を覗こうとすると、後ろから声をかけられた。

「あれー、蓮見どしたん」

 驚いて振り返ると、バスケ部で同じクラスの早川だった。

「あ、お疲れ。今から部活?」

「おう。蓮見は?今日は生徒会の仕事ないの?」

「うん、今日は……」

 話しながらチラチラと体育館を伺っていると、中にいたバスケ部員たちが先ほどの青年に挨拶をしているのが見えた。

「ねえ、あそこにいる背の高い、髪の毛を結んでる人って……」

 どれ?と蓮見越しに体育館を除く早川が、青年を見つけると「ああ、コーチ?」と答えた。

「コーチ?」

「もともとうちのバスケ部らしくて、今は隣の大学の院生なんだって。宮部先生の紹介で教えに来てくれてんの」

「そうなんだ、大学院の……」

「コーチに用事?呼ぶ?」

「あっ、いや大丈夫。もう部活始まるよな。教えてくれてありがとう。練習頑張って」

「うーす、じゃな」

 早川を見送ると、もう一度体育館の中にいる青年を見る。院生ということは二十三歳くらいだろうか。

「あ、名前……聞いておけばよかったな……」

 悩んでいる間に練習が始まってしまったので、蓮見は鞄を持ち直すとその場を離れた。


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