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9/11

再構築される世界

 未来みくが去り、ひなたと過ごした誕生日の夜が静かに明けた。


 あの歪みの記憶は、今もはっきりと残っている。時間がねじれ、再構築された空間で、未来と再会し、そして別れた。


 だけど……それで終わりじゃなかった。


 


 


 次の日。


 職場での仕事を終え、帰ろうとスマホを見た瞬間、異変に気づいた。


 


 日付が――一日戻っていた。


 しかも、メール履歴も、ニュースアプリの内容も、昨日のままになっている。


 だが、俺の記憶は明確に「翌日」のことを覚えている。


 


 「……まさか、俺だけ?」


 


 念のため、ひなたに連絡を入れる。


 


 「お前、今日って何日だと思ってる?」


 


 《え? 十四日だけど……どうかした?》


 


 「……いや、大丈夫」


 


 ひなたには時間の巻き戻りが起きていない。


 俺だけが、前へ進んだ時間を覚えていて、世界はまた一歩後ろへ跳ねた。


 


 その夜、再び――あの夢を見た。


 観測者の空間。時の狭間。


 


 


 「ようこそ、再び」


 


 あの男――観測者は、もはや驚いた様子も見せない。


 


 「今度は……俺だけ?」


 


 「そうだ。今回のズレは、君一人にだけ影響した」


 


 「未来と、ひなたには……?」


 


 「彼女たちは、再構築された世界に適応している。だが君は、完全には同調できていない」


 


 観測者は小さくため息をついた。


 


 「未来を思い出し、認めたことで、君は本来存在しないはずの因果と接続した。その結果、君の中に並行する記憶が残り続けている」


 


 「……このままだと?」


 


 「やがて君の存在そのものが、世界にとって矛盾になる」


 


 観測者は言い放つ。


 


 「選ばれた時間を守るか、自ら消滅するか――その選択の時が、近づいている」


 


 


 ――選ばれた時間。


 それは、ひなたが生きていて、未来が消えた世界。


 でも、それはほんとうに正しい選択なのか。


 


 目覚めた俺は、汗でシャツが張りつくのを感じながら、ベッドの上でしばらく動けなかった。


 


 


 数日後。


 俺とひなたは、再び遊園地を訪れていた。


 「リベンジしよう」と言って誘ってくれたのは、ひなたのほうだった。


 


 「前回、射的もジェットコースターも、私の圧勝だったもんね」


 


 「おい、俺のプライドを踏みにじるな」


 


 「事実でしょ?」


 


 そうしてふたりで笑い合うこの時間は、本当に尊くて、大切で、壊したくない。


 


 でも。


 俺の中には、もうズレが確実に根付いていた。


 ほんのわずかな違和感。すれ違う記憶。デジャヴのような感覚。


 まるで、世界が俺を拒んでいるようにさえ感じる。


 


 


 観覧車に再び乗り込み、ふたりきりの空間になったとき、俺はつい口を開いた。


 


 「なあ、ひなた……もし、俺がいなくなったら、どうする?」


 


 ひなたの顔が強ばる。


 


 「やだよ、そんなの……なんで急にそんなこと言うの?」


 


 「仮の話だ。でも、考えておいてほしい。何かあっても、お前は前に進めるように」


 


 「嫌だってば……!」


 


 ひなたは俺の手を握る。


 震えていた。


 


 「今が、どんなに不確かでも、私はあなたといたい。過去も、未来も、今この瞬間も――全部」


 


 俺は黙ってうなずくしかなかった。


 


 彼女の言葉が、痛いほどに胸を打つ。


 だけど、その言葉が強くなるほど、俺の存在の不安定さが際立っていく。


 


 


 ――俺は、本当にここにいていいのか?


 


 その答えは、まだ出ないまま。


 


 夕焼けの中、観覧車が地上へと降りていく。


 次の選択の時は、もうすぐそこまで迫っていた。


 


 観覧車を降りたあと、俺とひなたは無言で歩いていた。


 遊園地の出口が近づくにつれ、胸の奥がざわついていく。


 


 「……田中くん。さっきの話、あれって本当に仮の話?」


 


 ひなたが足を止める。


 真っすぐな目で、俺を見ていた。


 


 「何か、隠してるよね。私に言ってないこと」


 


 ドクンと心臓が跳ねた。


 


 ――このまま、何も言わずにいれば、穏やかな時間は守れる。

 でも、それは嘘を積み重ねるということだ。


 


 だから、俺は静かに口を開いた。


 


 「俺は……この世界に完全には適合できてないらしい。未来と再接続したせいで、時間にズレが起きてる。俺だけが」


 


 ひなたは黙って聞いていた。


 


 「観測者って存在に言われた。いずれ、俺はこの世界にとって矛盾になる。放っておけば、存在が消えるかもしれないって」


 


 言葉にすると、それはあまりにも非現実的で、馬鹿げた話のように響く。


 でもひなたは、そんな俺を否定しなかった。


 


 「……私も、薄々気づいてた。あなたの言葉の端々に、何か隠してるものを感じてたから」


 


 そう言って、彼女は一歩、俺に近づく。


 


 「でも、ね。私はもう後戻りしないよ。たとえ世界があなたを矛盾と呼んだって、私の中では――あなたは確かにここにいる」


 


 俺の胸元に、小さな拳が当てられる。


 


 「ちゃんと、ここにいる。感じてる……だから、いなくならないで」


 


 涙が、こらえきれずにこぼれていた。


 俺はその頬をそっと拭いながら思う。


 


 ――これ以上、何かを失いたくない。


 


 けれどその夜。再び、観測者は現れた。


 


 


 「選択の時だ」


 


 例の夢の中。変わらぬ無機質な声。


 


 「このまま、再構築された世界に順応するには、君の記憶の一部を消去し、未来との因果を切断しなければならない」


 


 「……つまり、未来のことを忘れろって言ってるのか?」


 


 「そう。記憶から存在を抹消し、因果を絶てば、君の時間はこの世界に溶け込む」


 


 観測者は淡々と続ける。


 


 「逆に、それを拒めば――君は時の亀裂として、やがてこの世界から弾かれる」


 


 どちらを選んでも、代償は重い。


 


 記憶を捨てれば、未来みくを裏切ることになる。


 拒めば、今の生活、そしてひなたとの未来が危うくなる。


 


 俺は問う。


 


 「どちらも守る道は……ないのか?」


 


 観測者は一瞬だけ、黙った。


 そして、ほんのわずかに口元を歪めた。


 


 「ただひとつだけ、可能性はある。すべてを受け入れ、すべてを繋げることができれば、世界は新たな構造を許容するかもしれない」


 


 「……それって、どういうことだ?」


 


 「君と未来、ひなた――三者の因果を同時に成立させ、なおかつ世界に干渉を与えない。それができるなら、再創造は理論上は可能だ」


 


 「それって、奇跡だろ」


 


 「そう。奇跡だ。だが、時間に抗ってここまで来た君には、その資格があるかもしれない」


 


 次の瞬間、視界が崩れた。


 


 


 目が覚めた俺は、夜の静寂の中で、天井を見つめていた。


 心に決めたことがある。


 


 ――俺は、奇跡を起こす道を選ぶ。


 


 どちらかを切り捨てるなんて、もう二度としない。


 


 


 翌日、俺はひなたを呼び出した。


 伝えなければならない。すべてを。


 そして、共に選ばなければならない。


 


 これは、ひとりじゃなくて、ふたりで創る未来なんだから。


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