消えない想い、繋がる鼓動
春の陽射しが差し込む教室。
黒板には「4月」の文字と、新学期を告げる予定表。
「ねえ、田中くん、今日帰りにどっか寄ってかない?」
ひなたが、ふとこちらを覗き込んでくる。
「ん? どこか行きたいとこあるのか?」
「んー、カフェとか? せっかく制服、新しくなったんだし、ちょっとは青春っぽいことしてもいいかなって」
「……青春っぽいね」
笑って返しながら、俺は心の奥で不思議な感覚を抱えていた。
すべてが自然なのに、どこか懐かしい。
この日常は、確かにやり直されたものだ。
でも、その痕跡は、どこかに――確かに、残っている。
昼休み、屋上に向かう階段で、未来とすれ違った。
「あ、田中くん……お弁当、一緒にどう?」
「おう、いいよ……久しぶり、だな。こうやって話すの」
「そうだね……でも、不思議と懐かしくない?」
俺たちはベンチに並んで座り、春の風に吹かれながら弁当を広げた。
「田中くん、時々、すごく遠くを見てるよね」
未来のその言葉に、箸が止まる。
「……そう見えるか?」
「うん。でも、それってたぶん……大切なものを、ちゃんと覚えてるってことだと思う」
未来はふわっと笑う。
その笑顔に、どこかあの時の記憶が重なる。
夢のような再構築。
そして、その中で選び取った未来。
記憶の大半は薄れているのに、感情だけが鮮明に残っている。
まるで、それが本当の答えだと言わんばかりに。
「ねえ、田中くん……ひなたさんのこと、好き?」
不意に投げかけられた言葉に、俺は言葉を失う。
「いや、いきなりなんだよ」
「ふふ、別に責めてるわけじゃないよ。ただ……あの人はね、あなたを見つける力がある。どんな時間にいたとしても」
未来の声は、どこかやさしかった。
それはまるで、別れの予感のようにも聞こえて――胸が締めつけられた。
「未来……おまえは、この世界にちゃんと存在してるんだ。消えるなんて、もう言うなよ」
「うん、わかってる。今はちゃんとここにいる。でも……」
彼女は静かに目を閉じた。
「ときどき、夢を見るの。真っ白な空間で、あなたと、ひなたさんと私、三人で手をつないでいた夢」
それは――記憶の奥底に封じられた、再構築の瞬間。
確かにあった、三人の選択。
「不思議と、それが悲しい夢じゃないの。ただ、あたたかくて、ちょっとだけ涙が出るような……そんな夢」
チャイムが鳴って、未来が立ち上がる。
「さ、戻ろっか……この今を、大切にしなきゃね」
その後ろ姿を見つめながら、俺は胸に誓った。
――もう誰も、忘れたりしない。
想いは、時間よりも強く、確かに残っているんだから。
夕焼けに染まる教室。
今日も一日が終わろうとしている。
黒板に残るチョークの跡、窓の外に響く部活の掛け声。
すべてが懐かしくて、かけがえのない今だ。
「なあ、ひなた」
放課後の静けさの中、俺は彼女に声をかけた。
「ん、どしたの?」
「少し、話さないか。ちゃんと……今の気持ち、伝えたくて」
校舎の裏、夕陽に照らされた影がふたつ並ぶ。
俺は言葉を探しながら、ゆっくりと口を開いた。
「おまえと出会って、タイムリープが始まって、いろんなことがあった。何度も過去に戻って、何度も失って……でも最後に、選んだ未来が、今なんだって、今日改めて思った」
ひなたは何も言わずに聞いている。
俺の言葉を、逃さずに受け止めようとするように。
「過去の記憶は曖昧だ。でも、感情は――ずっと消えてない。おまえのことが、好きだよ。俺にとっての未来は、おまえといることだ」
静寂のあと、ひなたがふっと息をついた。
「……バカ」
そう言って、頬を赤らめながら少し顔を背ける。
「でも、嬉しい……私も、ずっと同じ気持ちだった」
その一言で、すべてが報われた気がした。
「ありがとう、ひなた」
「こちらこそ、ありがとう……何度も私を見つけてくれて」
俺たちは、ゆっくりと手を繋ぐ。
もう離さないと、強く思った。
風がやんで、世界が静かになる。
俺たちはその中で、確かに鼓動を重ねていた。
消えない想いは、ちゃんと繋がっている。
記憶が曖昧でも、感情は確かに存在する。
それが――時間に打ち勝った、俺たちの証だ。
春風が制服の裾を揺らす朝。
始業のチャイムが鳴るより少し前に、俺は教室に入った。
窓際の席。
定位置とも言えるそこに座りながら、カバンを机に置く。
ふと見上げると、窓の外には満開の桜。
目を細めて見ていると――
「おはよう、田中くん」
ひなたが、笑いながら入ってきた。
新しい春、新しい学年。
俺たちは同じクラスになった。
「……なあ、ひなた」
「うん?」
「明日も、会えるかな」
ひなたは少し驚いたような顔をして、それから笑った。
「バカだなぁ。そんなの、当たり前でしょ?」
俺は苦笑する。
けれどその言葉を聞いて、心の底から救われた気がした。
「じゃあさ、明日、もう一度会おう。改めて……ちゃんと、始めよう」
「うん。明日、また――会いに行くよ」
約束も、記憶も、想いも。
すべてが交差して、重なって、ようやくたどり着いた今。
何度も繰り返した日々は無駄じゃなかった。
悔いて、失って、それでも進もうとしたことに、意味があった。
この手を離さずに歩いていく。
どんな未来が待っていても、ふたりでなら、もう怖くない。




