悪島のプライベート
この仕事はしがらみだらけだ。それはプライベートにまで及ぶ。
悪島武志は久しぶりの休日を楽しむために、自分の担当するエリア外の地域に来ている。
担当しているエリアで歩いていたら、必ず取引先の人に出会い、なし崩し的に仕事の話しをしてしまう。
その理由も分かる。相手は熱心なのだから。
けれども、仕事とプライベートの境がない生活に、悪島は嫌気がさしていた。
そんなこともあり、電車を乗り継いで地方に来ている。
「遠出したかいがあるな~」
久しぶりの完全なプライベートに、悪島の頬が緩む。
さて、まずは何をしようかな?
と考えながら歩いていると、不意に彼の肩が叩かれる。
「?」
なんだろう? と思い振り向くと、そこにはサングラスをかけた男がいた。髪を後ろに撫でつけて、口には柔らかい笑みを浮かべている。けれども、サングラス越しにうかがえる目には、刃物に似た鋭さを持っている。
「こんな所にいたんですか、悪島さん」
「なんであなたがここに?」
「実は急にブツが必要になりまして、あなたを探しに来たんですよ」
サングラスの男は、声を潜めて言う。
「でも今日はプライベートで……」
「それは重々承知しておりますが、こちらも命がかかっているので」
サングラスの男は、悪島の声を遮る。
「……分かりました。では、何の武器が必要なんですか?」
「さすが悪島さん。話しが分かる。明日までに、拳銃三十丁、予備の弾も含めて五百発程用意してください」
「分かりました。料金は前金でいつもの口座に振り込んでください」
非日常の単語にも、悪島は慣れた様子で言葉を返す。
「用意はしてますので、すぐにでも振り込みます。では、ブツはいつもの事務所に届けてください。出来れば、今日中にお願いします」
「すぐ用意します」
サングラスの男は、悪島が頷くのを見ると、直ぐさま離れていった。男は悪島を一度もふり返ることもなく、街の雑踏に紛れて姿を消す。
悪島はため息を吐く。せっかくのプライベートがパアになり、気分が沈む。
「この仕事にプライベートはないのか」
嘆きつつも、悪島は携帯電話を取り出すと、勤め先の機関に電話をする。
さっきのサングラスの男は、おそらく明日はどこかの人達と殺し合いをするのだろう。悪島が用意する拳銃を使って。
この仕事をする上で、相手のプライベートは知らなくていい。
そこに触れれば、死がらみのことしか分からないからだ。
この仕事はプライベートがないけれど、やりがいがある。
そんな仕事が、悪島大好きだった。
けれども、少しは完全なプライベートは欲しい、と内心愚痴りつつ、会社に向かって戻り始める。
おわり
短いのを色々と書いているので、よかったら他のも見てください。