百ガイあって
「……本当なんだな」
「はい……」
もう十回も見たが、間違いなく本当だった。
通帳の預金残高、10000000000000000000000円。
つまり、100垓円。
日本と言う国が9000万年近く動かせるほどの金銭だ。
「今日の為替相場は1ドル…前日より32銭の円高です」
相場はと言うと、ちっとも乱れていない。
まるで、自分たちだけ異世界に紛れ込んだような気分だった。
不安になって外に出てみると、何も変わらない。
コンビニに入ってみるが、値札の数字はちっとも変わらない。弁当は500円、菓子パンは200円、飲み物は100円。
「社長…」
「ちょっとぶん殴ってくれないか」
オフィスに帰って無茶苦茶な要求を秘書にやらせてみるが、結果は変わらない。
十一回目に通帳を見ても、額はびた一文増えも減りもしていない。
「私だって信じられませんよ」
「間違いじゃねえんだよな……」
「親父、気持ちはわかるけどその電話五回目だぞ。まあ俺だってさっき照会してびっくりしたけどよ」
妻と二人の息子もそうだった。
いったい、何がどうしたらそんな金が手に入るのか。
体調不良と言う名目を付け、仕事を休み情報を漁った。
こんな凄まじい額の金がどこから入ったのか。いやとりあえず世間がどうなっているのか。秘書に命じて情報を集めさせると共に自分でもスマホを叩く。
「平和バンザイ」
「戦争してえよおwwwwww」
「それでも作ろうとするやつはいるぞ」
「猟銃だけ残ったってマ?」
Xのトレンドに並ぶ、信じられない文章。
「っつーか環境団体どうすんだろ>地球温暖化終了のお知らせ、北極の氷河が急に倍に」
「ああ団体ごと消滅して道具もどっか消えたらしいよ、っつーかクジラが急に数倍になったとかって話」
「警視庁パニック 押収していた麻薬が全部消滅」
「振り込め詐欺の団体が全員逮捕される なぜか全裸で」
「過激派団体の武器が全て銀玉鉄砲と花火に」
「自爆テロを企んだはずがプレゼントボックスになった」
目が点になる。
これらの文章を全て真に受ければ、世界中から兵器と麻薬がなくなり、犯罪組織が壊滅し、さらに急に環境が回復したと言う事になる。
世の中にこんなに都合のいい話がある物か。
若い時の苦労は買ってもせよとか言う気もないが、自分はこれでも高卒で会社に入って以来30年以上勤め上げ、15年前に独立して社長となりそして現在年商20億と言う地位を手に入れた。都合45年も勤労生活を送ってやっと年商20億、年収で行けば2500万。
世間的に見れば富裕層のはずだが、20億だの2500万だの100垓とか言う数字から見れば鼻くそも同然である。
100垓とは10の22乗であり、20億は2の9乗でしかない。要するに、20億円と100垓円の差は2円と10兆円の差と同じになる。
要するに、自分の会社の一年間社員全員で必死になって動かした金の5兆倍、かつ40兆倍もの年間所得が一瞬で手に入った事になる。
「バカバカしい!」
他に何の言いようがあるのだとばかりに吠える。
これまでの全ての人生は何だったのだ。必死になって汗水たらして来たのは何なのか。一体何生すれば使い切れるかわからないほどの大金。
いったいどこの誰がこんな金を寄越したと言うのか。
そうだ、見なかった事にしよう。それがいい。それが身のため世のため人のためと言う物だ。
—————ピロリン。
とか決意を決め込もうとした傍から、メール受信音が鳴り響く。
「貴公の力により我々は兵器を全て失った。その結果戦争など無意味だとわかり千年に渡る争いに終止符を」
その時点で読むのをやめてメールを迷惑メールフォルダに突っ込んだ。
いったい地球のどこに1000年も戦争をしている地域があるのか。そりゃ日本だって戦国時代はあったし壬申の乱は1300年以上前だがそんなもんを未だに引きずっているような奴がこの星のどこにいるのか教えてもらいたい。
で、ふてくされたように横になっているとまたメール受信音が鳴り響く。
「唐突で失礼ですがあなた様に小惑星の発掘代をお送りいたします。地球人の皆様のご多幸をお祈り申し上げます」
宇宙空間と、アステロイドベルトから引っ張って来たような小惑星。
そこに並ぶ、自分の会社の名前と自分の顔。
ここはもうあなたの物ですよと言わんばかりの、公開処刑としか言いようのないお話。
「冗談も休み休みおっしゃって下さい」
「大変申し訳ございませんでした。戦争を廃してくれた方に報いるには少し安すぎたようですね。無礼を深くお詫び申し上げます。とりあえず5割増しと言う事でよろしいでしょうか」
悪趣味な冗談かと思ったが、向こうは全く真剣だ。その後も次々と「自分のための小惑星」とそこから地球にやって来る鉱物資源のとんでもない量が書かれたメールが次々と届き、全てがお前の物だと言わんばかりに威張っている。
そりゃ自分自身、戦争なんかなくなればいいとは思っていた。
地球環境の保全をしたいとも思っていた。
だがそれにしても、あまりにも安直ではないか。
どうしても、どうしても「100垓円」とか言う子供銀行券でもないような金を渡すがためだけに世界の方が狂ってしまっているのではないか。
こんな手段で手に入れた金に何の意味があるのか。
いや、こんな調子だとさらに膨れ上がるのではないか。
そう考えた彼は、半年ぶりにある男に電話をかけた。
後編は2月10日です。