あやし
魔法使いが異空間に創った森にて。
『禾音。あなた。摩訶不思議生物と。契約をした?』
覚えてないよ。
禾音は瑠衣の問いかけに静かに答えた。
記憶喪失だから覚えてないよ。
「嘘」
「嘘じゃないよ。本当に覚えてないんだよ」
「じゃあ、思い出して」
「瑠衣。瑠衣のお願いには何でも応えてあげたいけど。思い出してって言われても、急には思い出せないよ」
それはそうだ無茶を言っている。
困った表情を浮かべる禾音を前にして、瑠衣は口を強く結んだ。
わかっている。わかっているけれど。
摩訶不思議生物と契約した者は、例外なく不幸になる。
瑠衣は凪に聞かされていた。
修行の旅で国中のあちこちに行く中で、瑠衣が摩訶不思議生物と契約した者を見た事は一度もなく、凪自身も直接見た事はないらしいが、記録ではそう残っていたらしい。
契約した者は例外なく、不幸になる。
契約を破棄できるのは、本人のみ。
契約した内容が履行される前に、摩訶不思議生物と契約した時に告げられた摩訶不思議生物の名を告げて、契約を破棄すると言わない限り。
(もしかして、この記憶喪失も。凪局長は、禾音が訓練中に魔法操作を誤って、武器をこれでもかと頭にぶつけて記憶喪失になったって言っていたけど。実は摩訶不思議生物と契約したから。記憶を。奪われて。全部。奪われて。奪われ続けて。ずっとずっと。死ぬまで)
「瑠衣。るーい。大丈夫だよ。大丈夫」
「………禾音」
赤ん坊をあやすような声音に、瑠衣は刹那、頭に血が上ったが。
「僕が摩訶不思議生物如きにどうにかされるわけないだろ」
「………」
あ、はいそうですね申し訳ございません。
思わず、謝罪の言葉を口走りそうになった瑠衣はしかしそうしないで、少しの間、口を強く結んだまま禾音を見上げていたのであった。
(2024.8.13)




