何もしなくていい
魔法使いが異空間に創った森にて。
嫌な予感がする。
疾走する禾音にお姫様抱っこされながら、瑠衣はマスクを外すかどうか悩んだ。
嫌な予感がするのは、名前を呼んでも返事をしてくれず、表情がさらに乱暴で禍々しくなったという禾音の異変の所為でもあるのだが、それだけではなく。
第六感というのだろうか。
大概、瑠衣のこの嫌な予感は当たるのであった。
(何だろう?摩訶不思議生物………も。自然災害も。両方。摩訶不思議生物だけだったら。どうにか)
兎にも角にも、薫香を嗅ぐ為にマスクを外そうとした時だった。
禾音が片手で瑠衣の両の手首を素早く掴んだのであった。
「外すな」
禾音は片腕で瑠衣の身体を安定して支えつつ、片手で瑠衣の両の手首を掴んだまま、マスクを外すなと、表情とは裏腹に静かに言った。
「禾音。手。離して。嫌な予感がするの。正体を掴まないといけないの。離して」
意識は向けられていたんだと思いながら、瑠衣は深く一呼吸して、静かに言った。
「いい。どんな摩訶不思議生物が来ようが、甚大な自然災害が来ようが。僕が、瑠衣を守るから。瑠衣は何もしなくていい。僕の腕の中に居ればいい」
「いや」
何もしなくていい。
禾音のその言葉に、瑠衣は反射的に断言していた。
何もしなくていい、なんて。
何の為に、この能力を授かったというのか。この能力を使いこなそうと努力してきたというのか。
少しでも僅かでも微々たるものでも、危険を回避する為ではないか。
少しでも僅かでも微々たるものでも、守る為ではないか。
それを。
(何をしなくてもいい。なんて)
「禾音。手。離して」
「絶対に。嫌だ」
瑠衣も禾音も静かな口調は崩さなかった。が。
心の内では烈しい感情が渦巻き、四方八方天上天下で暴れ回っていたのであった。
(2024.8.6)




