白魚のような手
地面に倒れ込んだ瑠衣が運ばれた病院で入院検査をして一週間後。
瑠衣は医者から、自分が自然災害及び摩訶不思議生物の襲来時に放たれる薫香を嗅ぎ取る事ができる能力が、突然開花したと知らされたかと思えば。
その時を見計らったかのように、一人の男性が扉を華麗に開けて、華麗に近づいてきては、大気分析家の局長の凪だ、キミを引き取る事になったと言ってきたのだ。
その素晴らしい能力を操作できるように。
白い歯を見せられた瑠衣は、ベッドの上に正座になって、お願いしますと頭を下げたのであった。
そうして、凪の白魚のような手を取ってから、瑠衣は六年間、一度も家に帰らなかった。
一度も、禾音にも会わなかった。
もう、あんな姿を見せたくなかったから。
もう、あんな姿を見せて、大泣きさせたくなかったから。
大丈夫だ。
そう思える時まで、会わないと、決めたのだ。
けれど、決意の強さとは裏腹に、能力を完全に操作する事はできなかった。
二十四時間常に操作する事が、どうしてもできなかったのだ。
鼻を露わにしていると、どうしても、集中して嗅ぎ取ろうとしてしまうのだ。
例えばそれが、微弱で対応不要な自然災害や摩訶不思議生物の襲来であったとしても。である。
そうなると、周囲が一切見えなくなってしまうのである。
ゆえに、瑠衣は仕事時間やどうしても顔を晒さなければいけない時以外は、マスクをして日常生活を送る事となった。
六年間の訓練を終えて、初めて家に帰って来た時もそうであった。
久しぶりの家族との再会時にも、マスクをしていた。
幼馴染である禾音との再会時でも、それは変わらなかった。
『何だあ、おまえ?優秀な自分は、優秀じゃない俺と顔を合わせる必要はないってか?』
六年の月日は人を大いに変えてしまっていた。
泣き虫で優しい天使のような幼馴染が、乱暴で禍々しく、見下すような表情と言動を取るようになってしまっていたのだ。
(2024.6.28)