第五話 情報過多な黒田 3。
「文化祭で出す美術部三年の自由創作、黒田君と組むことに決めたから」
「は?」
日常が戻るかと思っていた昼休み。淀んだ雲が覆う空。委員長から、青天の霹靂な一言をもらう。
(曇天にソーラービームかよ……)
窓を叩く強風。安直なギャグを抗議されている気分だ。
委員長が、作品に興味を持っている。という事は想像できた。だから次に何かあるとすれば、昨日か明日『部活動に来い』くらいのものだと、思い込んでいた。
(あまかった……)
「詳しい話は放課後、美術室の前で」
必要な事だけ簡潔に伝えると、委員長はそのまま、踵を返して教室から出て行った。
(あ、イヤな予感)
などと考えるのも既に遅く、教室内はワーキャーと、勝手な噂話で盛り上がっている。
(後追いで教室出ても、悪手だよなぁ……)
「はぁ……」
予想しうる最悪を、回避するために目を閉じる。頬杖をついて狸寝入り。関わるなモード。
だがそれにも、重大な欠点があった。
目を閉じたせいで、耳からの情報が多くなる。
「え、黒田くんってさ――」
「ホント!?でもさでもさっ――」
「だったら――」
女子の、黄色などと生易しくない、鋭い警告色の声。
『トオルくんは、まだ子供だから――』
そう言って『うふふ……』などと優しさで覆い隠された色と変わらない。
(『自分』には、無い、色……)
「なぁ、あれってさ――」
「よせよっハハッ――」
「このままだと、とられるじゃねーのぉ?」
「うっせっ――」
男子の、嘲り。
『ハッハッハ!トオルくんは若いなぁ!』
そう言って決めつけ、下に置いていなければ笑えない。
(俺が諦め、立ち止まった、中身……)
結局『俺』は……。
――パンッ! パンッ!
手を打ち鳴らす音に、目蓋を開ける。
「ハァーイ! みなさま、ゴセイシュクにー!」
見れば、トシが教壇に上がっている。
「皆々サマサマ、色々言いたいことはアローかとオモイます、がっ」
拳を握り、神妙な顔をしている姿だけ切り取れば、真剣なスピーチでもしているようだ。
「小学校からのク年間! トオルの親友をさせていただいたワタシが答えましょうっ!」
ふり絞るように、力を溜めて、カッと目を見開いて、トシはこう言った。
「トオルに女の影など! なぁぁぁぁぁぁいっ!!!」
ビシリッと、トシの指が『俺』をさす。
少しの間と、盛大な笑い。つられて自分も、笑ってしまう。
(今度、ジュースでもおごるか……)
「はーいはーい! せんせー!」
と、クラスメイト女子Asが、トシに質問する。
「なんだね、浅村クン」
トシもノリノリで教師役を演じる。
「じゃあなんでユイユイは、あんなに積極的なんですかー」
ユイユイとは、委員長のことだろう、か?
「いい質問ダネ。……ワタシにもわからんっ!」
キメ顔で返すトシ。それに対して、何故か女子全員で、非難の声とブーイング。
「まぁまぁ、そういうのは……ほら、女子の方が詳しいんじゃないのか?」
と、ここで友枝登場。後輩女子に大人気だという、爽やかスマイルだ。
だが後輩には大人気でも、同級生女子達は特に意に介した様子もなく、お互いの顔を見合わせている。
「こーいうのは! やっぱ、みさとっしょー」
そう言ってInに抱きつくSak。それに対抗するように、反対から抱きつく、浅村さん。慣れているのか、諦めているのか、Inに二人を引きはがす様子はない。
「井上さん、なにか知ってるの?」
だが友枝が近づくと、慌てて二人を離そうとする。
(全員が意に介していない、ってわけでもないのか)
「あー、えーっと……。知ってるってわけじゃないんだけど……」
やや歯切れの悪い、井上さん。
「――っと、――し、本――す――だから――」
声が小さくて、聴き取れない。近づいた友枝ですら、頭をかいている。
(本、ねぇ……)
少なからず聴きとれた言葉から、推察する。確かに、本に登場する人物から、現実の人を判断する。ということも出来るのだろう。ただ……。
(俺はあんまり、されたくないな……)
そこで結局、トシセンセイの授業はうやむやと終わり、皆がなんとなく日常通りに戻る。
自分も窓を眺めていようと思ったが、少しだけ気になった声を思い出して、三島と、濱田を見る。
不貞腐れた様子の三島に、ゲラゲラと濱田が絡んでいた。
時折吹く風が、窓を揺らす。
(帰り、折りたたみ傘で平気か?)
一人遊びもやる気が起きず、そのまま午後の授業を待つ。