第四話 二. 鈴木結 まばゆい光明
放課後、部活動の時間。顧問の武田先生の事情により、美術部の活動は月・水・金の隔日開催だ。
そんな武田先生は、今、席を外している。二年生、三年生にとっては、この時期の恒例。一年生にとっては、初めての事。
ヤンチャ組が、ガヤガヤと騒ぎ出す。真面目組が、ヒソヒソと噂する。それに私は「ふふっ」と、笑ってしまう。改めて、不思議な部活だ。
真面目と不真面目、普通なら反発しそうな双方が、美術部の中で一体になっている。
普段は話さないような子と、話せてしまう。話してみると、私より物事を考えていると、気づかされる。
(千晶と仲良くなったのも、そのおかげだよね)
今もヤンチャ組の中心で、ケラケラ笑う彼女がいなかったら、一年の途中から入部した私は、馴染めなかったと思う。
(今も大切な、綺麗な思い出)
真面目な子が、うるさく騒ぐ子を、注意した時があった。
『じゃあ、その騒がしさも、作品に込めちゃいましょう』
なんて武田先生が言って、出鱈目な絵を描いてみせた。出鱈目なのに、一人一人の生徒が誰か、わかる絵。
(あの時の絵は、その真面目な子にプレゼントしてたっけ)
チラリと、後輩を見る。あの時、騒いでいた子に、注意してた子が話しかけていた。
(ああいうのって、なんか良いよね)
ガラガラと、美術室の扉が開く。
「いやー、ごめんごめん。おまたせおまたせっ」
そう言って、汗をふきふき、お腹をたぽたぽ叩いて、武田先生が帰ってきた。
後ろには、部長の千草さんと、何人かの男子。それぞれ、ダンボールを抱えている。
千草さんが「先生」と声をかけ、武田先生があっちこっちと指をさす。ダンボールの置き場を決めているようだ。
私も含めた上級生が、今か今かと、注視する。
「よぉし! それじゃあ、文化祭の説明をしようか」
一年生たちが不思議そうな顔をする。
(だって、まだ六月じゃんっ。なんて言いそうな顔だ)
実際に私は、去年言った。あの時の千晶が、意地悪な顔をしていた理由がよくわかる。
千晶を見れば、したり顔である。私はそれに、唇を突き出して、眉尻を下げた顔で返す。
言葉を交わさない会話。そうこうしているうちに、先生が話し出す。
「二年生と三年生は、知ってると思うけど、ちゃんと聞くようにね」
そう言って黒板をみて、あたふたする先生。コレも知ってる、いつもの事。
美術室の黒板には、色んな掲示物がマグネットで貼られている。だから黒板になにか書くときは、大きな体の先生が、ちょこまかと壇上を駆けずり回る事になる。
だが今日は、近くに千草さんや男子生徒がいたことで、早く済みそうだ。
「ありがとお」
先生が、手伝ってくれる生徒にお礼をいう。
「ごめんねぇ」
準備の不手際を謝罪する。
「あー、それは上に他の物を重ねないでっ」
(……やっぱり時間がかかるかもしれない)
真面目もヤンチャも関係なく笑う美術部員。動き周るたびに揺れる、先生のお腹の脂肪。
(そのくらいが、ちょうど良い)
ようやく黒板のスペースが確保できて、説明が始める。
一年生――パンフレットの表紙案を複数と、美術部ページの内容・文化部で共有する室内飾りの選別、修繕、新規作成
・パンフレット 文化祭実行委員との連絡役兼美術部ページ担当……二~三名 表紙案……若干名
・室内飾り 他の部との連絡役……二~四名 選別、修繕、新規作成……全員
二年生――校門の入場ゲート制作・一年生を手伝う範囲で室内飾りの選別、修繕、新規作成
・校門の入場ゲート制作 主メンバーを半数として、全員で協力すること(雨天時は屋根のある正面玄関に飾るから、あんまり高くしないこと!!)
妙な注意書きに、一年生の間で小さな笑いがおこる。それに武田先生が「あんまり笑い事じゃないんだよ」と説明する。大きくしすぎてケガをしたり、実際に雨で飾れなくなった事があるのだという。
(せっかくのイベントだもん。ケガしたり、作品を見せられないと、悲しいよね)
「それから三年生。毎年の事だけど、自由創作ね」
九月の文化祭の話を六月にする最大の理由が、これである。
だが私は、それよりも何よりも、求めていた何かがピタリとハマる感覚に、心がおどった。
(自由創作……!)
去年もそうだったのに、どうして気づかなかったのだろう。
(ううん。たぶん、昨日、彼に触れてみたから、気づけたこと)
手のひらを見て、しっかりと握り込む。自分がどうしたいのかも定まらず、気持ちだけが募っていったものの発散先。
(これしかない……!)
三年生が徐々に動き出す。「個人でもチームでもいいけど、先に申告してね」そんな先生の言葉を、分かってますとばかりに、思い思いの人たちと集まる。
そして私のところにも……。
「ユイ~。一緒にやらなーい?」
千晶だ。だけど私は、両手を合わせて謝意を示す。片目だけ開けて、彼女を見れば、一瞬、驚いた様子。だがそれもすぐに、笑顔に変わって、意図を理解してくれる。
(ホンット!ごめんっ!)
「じゃあ、しょーがない。ブチョーでも誘ってみよっかなー?」
きっとこれは、彼女なりのエールだ。ついさっき、一番に先生の元に行って、個人製作を申し出たであろう千草さんを誘うというのだから。
私も先生の元に向かう。背中では「あなたも個人で作ったら?」なんて、千草さんにあっさりフラれる友人が、それでもしつこく頑張っている。
先生の前で、一呼吸。
「先生、私、黒田君と組みます」
近くで、私の言葉を聞いた部員の、一瞬の静寂。
当然だ。顔は知らなくても、その名前と作品だけは、みんな知っている。
アゴをさすって「ふ~む」と、考える武田先生。
(怒られるかな……?)
一年生以来、一度も顔を出さない幽霊部員。先生は、どんな風に考えているのだろう。
「いいんじゃないかな?」
あっさりと……、本当にあっさりと、許可された。
(え?あ、あれ……?)
色々と構えていたせいで、逆に戸惑う。だが……。
ゆっくりと、先生の顔が、私を見る。いつもお茶目な先生の、真剣な顔。
「ただ、覚悟はしておいた方がいいよ」
椅子に座った先生に、視線を下げて話しているはずなのに、その体が、いつもの何倍にも大きく見える。まるで、底の見えない、大きな穴を、覗き込んでしまったようで……。
「ミッチー! いつものアレはー?」
その声に、ハッと我に返る。ミッチーとは、武田満先生の、愛称だ。
「あー、アレね。今年もちゃんと用意してるよ」
そこにはいつもの、お茶目な先生しかいない。
(覚悟って……なんだろ……?)
その意味が分からなくて、私にはただ、見つけた光明にすがる事しか出来なかった。
(黒田君となら、凄い作品、作れるよね……)




