表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第十一話 六. 鈴木結 明るい土曜日

 土曜日の朝。朝食を食べ終えたら、()()()()のお手伝い。


「おかあさーん。お風呂の洗剤の詰め替えるやつどこー?」

「いつもの洗濯物カゴ置いてる棚にない?」

「そこに無いから聞いてるんだけどっ」

「じゃあ……、洗面台の下の戸棚かしら? そこにも無かったら教えて。買ってくるからっ」

「わかったー」


 脱衣所の洗面台。その下の戸棚を探す。

(えーっと……、排水口の洗浄剤と、フローリング用のウェットシート二つ、石鹸三つ……、あった!)

 雑多に放り込まれたとしか思えない戸棚の奥。そこに、目的の物が二つあった。

 綺麗に整理整頓、必要最低限の物だけ置かれた脱衣所と見比べて、少しおかしくなる。なんだか、()()の隙を見つけた気分だ。

(お昼に千晶たちと出かける時、百円ショップに寄ろうかな?)

 自分の部屋にも活用している整理整頓の動画を思い出して、今日の予定を追加する。


「さて、掃除そうじーっと」


 詰め替え洗剤を容器に移して掃除していく。

 浴槽の掃除は今までにも手伝うことがあったが『本格的にお手伝いするなら、床面もおねがいね』と、言われてしまった。確かに深く気にしていなかったが、床や壁の所々に赤い汚れがある。

(カビかな?)

 床を手持ちブラシで、壁は白いキューブ状のスポンジで磨く。


「よし。……ん~、これも掃除しておいた方がいいよね……」


 お風呂の鏡。周りを綺麗にしたことで、その水垢が気になってしまった。

「鏡もこれでいいのかな?」

 手に持った白いキューブ状のスポンジで、試しに磨いてみる。

「おぉ、意外と落ちる」

 文明の力に少し感動。


 ただし、お風呂掃除が終わった後でお母さんに聞くと、ダメだったらしい。

 くもり止めのコーティングが剥がれるのだとか。

 お母さんは『小さな失敗を重ねて、学んでいけばいいからね』と、教えてくれた。



 自室の掃除も終わらせて、昼食後。ママから「そろそろ千晶ちゃん達との待ち合わせ、準備しないといけないんじゃない?」なんて、わかりきった事を心配されて準備を始める。

(ママは心配しすぎっ)

 この間の一緒にお風呂に入った件があるので、強くは言えない。それでも心配されすぎると、甘えて自立出来なくなってしまう。

 大人と子供の中間地点。これが思春期ということかもしれない。


 自室に戻って、用意しておいた服に着替える。

 家と学校用の地味なヘアゴムで簡単に留めていた髪をほどく。代わりにお出かけ用の赤いヘアゴムで、ポニーテールにする。

(千晶も美紀も、髪は短いから被りを気にしなくてヨシ)

 だからと言って、自由すぎるチャレンジャーな結び方はよろしくない。

(いっそ私も短くしようかな……)

 ふと考えて、今は関係ない彼の視線を思い出す。


(んっ……!くぅぅぅっ!!)

 変なダメージを受けてしまった。

「はぁ……」

 彼に私のため息を聞かせてやりたい気分だ。私にだって、考えてる事はいっぱいあるんだぞ、と。


 気を取り直して、お出かけ準備の続き。買い物予定なので、カバン選び。

(って言っても、二つしかないんだけどねぇ……)

 小さいオシャレ鞄と、大きい実用鞄。

 用意しておいた服に合わせるならオシャレ鞄だが、急遽追加した買い物用なら実用鞄だ。

 卓上時計を見れば、着替える時間はない。仕方がなく、実用鞄を選ぶ。

(カバンも時間があったら見てみるか……)


 ただしその発言権は、遅刻をしない者にしか与えられない。

(なんてね)


 最後にメガネ。今かけている普段の物、とは別のメガネケースに少し触れ……。

(ん~、やっぱり普段通りっ)

 誕生日に、パパにお願いして買ってもらった、赤い縁のメガネ。パパは『なんで二つも?』なんて言っていたが、お母さんの援護で買ってもらえた。まだ家族のいる前でしか、かけたことがない、お出かけ用。

 (ゆい)という名前は、パパが決めてくれたらしいのに、全然わかっていない。

(男の人って……)

 そこまで考えて、また同じアヤマチを踏みそうになる思考を、(かぶり)を振って追い出す。

 最近の私は、なんだか変だ。


 時計を見れば、家を出ないといけない時間。部屋の姿見(すがたみ)鏡には、頭を振ったせいで少し前髪の乱れた私。階下からはママの「ユイ~?」と心配する声。

 ポニーテールを選んだ少し前の自分に感謝して、走る決心をする。


 玄関に用意しておいた、先週買った靴を横に置いて、普段のスニーカーを履く。

(お披露目はまたいつか、かな)

 結果、ちぐはぐになってしまったコーディネートで家を出る。


「いってきまーす」


 小さな失敗だらけの思春期に、笑うしかない。



「でもユイが遅刻って、珍しいよねぇ~」


 それぞれが買い物を終え、ファミレスのドリンクバーで休憩中、千晶からのチクチク攻撃をもらった。訳を話せという事だろう。


「まぁまぁ、電車には間に合ったんだから、いーんじゃない?」

 美紀のフォローが心に沁みる。いま食べてるバニラアイスくらい。


「んふっ、別に、カバン選びに悩んだだけだって」

 スプーンを咥えたままだったので、変な息が漏れた。カバンもさっき、少し見て周ったのだから嘘ではない。


 しかし千晶は納得していないようで、ジト目で「ホントかなぁ~?」なんて、まだ疑っている。チョコレートアイスの付いたスプーンを私に向けて、くるくる回す。からかう気満々の笑み。

 美紀の方はと言えば、唇を突き出して、少し面白くなさそうな顔。どうやらタダでフォローしてくれた訳ではないようだ。


「そんなことより! は~な~びっ! 七月七日の! 西区の! 二人は行かないのーっ?」

 しびれを切らした美紀が言う。そういえば以前から、どうするか聞かれていた。


『色んなとこ出歩いてみないと、わかんないよね?』

(色んなとこ、かぁ……)

 武田(たけだ)先生に言われた事を思い出し、少し考える。

 説明を受けた内容は『全てに届く花火・子供の頃の記憶・子供の視野・細部まで描き込む大人視点・画用紙の世界』

 おおよそ、そのような内容だったと思う。

(花火……誘って、来てくれるかな……?)


「私はちょーっとパスっ」

 千晶が、顔の前で両手を合わせて、申し訳なさそうな顔で言う。

「えぇ~……」

 それに対して美紀が脱力するようにテーブルに突っ伏して、(すが)るような目で私を見つめてきた。

「んー、私も……ごめんっ!」

 私も千晶に続いて謝罪すれば、美紀の顔がますます渋くなった。

「あたしら、三年だよ? 思い出作る機会なんてもうあんまりないのに……」

 美紀の子供みたいに拗ねる姿は、彼女をバレー部部長として慕う後輩たちには想像出来ないだろう。

 そして、だからこそなのだとも思う。彼女が同じバレー部や他の友達ではなく、私たちと思い出作りをしたいと言うのは。


「あーっと……、ほらっ! 十五日! 南区の方だったらさ、私……は、行けるからっ!」

「私も私も!」

 千晶のアイコンタクトで、美紀のご機嫌取り。

 すると美紀は、ケロっとした表情でご満悦。自分のパンケーキを切り分けて「絶対だよ~」と、私たちに差し出してきた。女の友情とは、戦場である。



 夕方。家に帰ると、お母さんから「お風呂のお湯を入れておいて」と頼まれた。洗面台下の戸棚の整理をしたいので、私はお母さんにタイマーをセットしてもらうように頼む。


「入れてるよ~!」

 廊下に顔だけ出して、リビングに伝えるために大き目の声をだす。

 扉越しの小さな「はーい」というお母さんの声を聞いて、作業開始。


(空間を意識して……)

 動画で視聴した内容を思い出しながら、百円ショップで買った簡易棚や収納ボックスを配置する。

 

「よしっ」

 戸棚から出した日用品を整理して、自分の仕事に満足。


「おわったー? お、すごいじゃなーい」

「私だって、いつまでも子供じゃありませんっ?」

 小さい子供を褒めるみたいなママに、少しだけ反抗。

「じゃあ次はお料理、手伝ってもらおうかしらー?」

 あっさり引き下がって次の仕事を追加する()()

「冷蔵庫にゼリー買ってあるからねっ」

 と、満面の笑顔でウィンクする()()()()

 一人二役の大立ち回りに、思わず笑ってしまう。



「ただいまー」


 タイマーが鳴ったので、お風呂のお湯を止めに行くと、パパが帰ってきた。

「おかえりー。お風呂もう沸いてるからー」

 お湯を先に止めて、玄関で靴を脱いでいるパパのところに行き、上着と鞄を預かる。

「パパたちの部屋に持っていっとくね」

「へっ? あ、あぁ……」

 パパの呆けた顔にしてやったり。少しだけ成長できた私を実感して、パパたちの部屋に向かう。


「鞄……は、ここでいいかな?」

 部屋に入ってすぐ、左手。私が小さい頃に使っていたらしいベビーチェアがある。

 記憶にはあんまり無いが、パパのスマホに同じような当時の写真が何枚も入っている。

 お母さんが椅子を処分しようと言っても、私が恥ずかしいから写真を一枚だけにして欲しいと頼んでも、頑なにパパは拒否してしまう。

 仕方がないからパパの鞄置きとして使っているのだが、部屋の内装に全然あっていない。

(……変なこだわり。もっと現実見ればいいのにっ)

 なんだかムカつくので、パパの上着に消臭スプレーをたっぷりかけてやる。

 そこでふと閃いた。

(さすがに本人にかけたら怒られるかな……?)

 邪悪な閃きに「ふふっ」と、思わず楽しくて、次にお買い物する時は制汗スプレーを買ってあげよう、と思う。


 ふと、パパの上着を持っていた手を嗅いで、しかめっ面のフレーメン反応。人間はその器官が退化しているという話だが、臭いものは臭い。

「とりあえず、手ぇ洗おっ」



「今日はね、ユイが晩御飯手伝ってくれたのよ」


 パパ、ママ、私の順でお風呂に入ったら、家族揃って晩御飯。

 ママの言葉に、パパの視線が食卓の上を巡る。パパの手が奇跡的にナスの肉味噌炒めを引き当て、取り皿に移す。


「う~んっ! すごい! おいしい!!」

 パパが、テレビみたいな大げさなリアクションをする。

(……恥ずかしいから減点1)

「別に具材切ったくらいじゃ、味は変わらないでしょ」

「へ? あれ?」

「ママが付き合いはじめた時は、具材が大きすぎるだの小さすぎるだの、甘すぎる、辛すぎるって、うるさかったのにねっ」

「ウワッ、なにそれっ! サイテーじゃんっ」


 そこまで言って、パパがあまりにもションボリ顔をするので、お母さんが「あんまりイジメすぎると拗ねちゃうから、ここまでね」と、ウィンクしながら教えてくれた。


「まぁでも、どんなにパパが拗ねても、おかあさんには必殺技があるからねっ!」


 なんて言うのは、『お母さん』なつもりの『ママ』である。



 食事が終わり、21時ごろまで一家団欒(だんらん)を過ごしたら、自室で勉強の時間。

 パパから借りたポータブルCDプレーヤーで音楽を聴きながら勉強をするのが、最近のお気に入り。

(いま使える物ならまだしも、ベビーチェアはさすがに……っ)

「集中集中!」

 パンパンっと、頬を叩く。変な自分との付き合い方も、少しづつ慣れてきた。


 しばらく勉強を進めていると、スマホに通知が来た。千晶からだ。時刻は22時。

『いま、通話いける?』

 イツモノやつだ。ペンを置き、私から通話を掛ける。


「もしもーし」

『ごめん、寝てた?』

「ううん。勉強ちゅう」

『そっか……。そーだよねぇ……勉強しなきゃだよねぇ……』

 現実に対して、したくない。つまりは逃避したいのだろう。

「いいんじゃない? 勉強しない日があってもっ」

『ありがと。まぁ……、毎度の事なんだけどねぇ……。私も、いいかげん慣れろって、話よねぇ~』

「……」

 毎度の事――千晶のお父さんとお母さんの喧嘩の事だ。

『アッハハー……。ごめん。重いよねぇ』

「ううん。そうじゃない。そうじゃなくて……」

 自分の思いが、言葉にならなくて、もどかしい。

 世界のどこかにあるはずの、世界のどこかにはあって欲しい言葉。

 それを知らない自分が、悔しかった。

『へへっ……。ごめん。暗い話……、やっぱやめ――』

「たぶん!」

 諦めようとする彼女に、言葉も知らないのに、制止をかけた。

「たぶん……、慣れちゃ、ダメ、な、ことも……ある。と……思う」

 薄い糸。

 水でふやけて、今にも解けそうな、そんな何か。

 力を込めれば、千切れてしまいそうな何かを『思う』という言葉で、緩く、結ぶ。

『フフッ。ありがと……』

 スンッと、鼻をすする音。片耳だけつけたイヤホンからは『涙の数だけ強くなれる』という歌詞。

 涙を流した後に、家族が待っていてくれた私。家族が原因で苦悩する千晶。

 言葉だけでは足りない気がして、耳から聴こえる歌を軽く口ずさむ。

『ちょっとやめてよぉー。泣いちゃうじゃん』

 そういう彼女の声は、何だか楽しそうな『へひひ』なんて音が漏れている。


 少しだけ元気の出た千晶が『なんだっけ、その曲?』と聞くので、ハードカバーの本のようなケースの裏面と、プレーヤーのトラックナンバー表示で曲名を教える。

「お父さんから借りたCDの曲。たぶん昔のヤツ」


 その後は他愛ない話で盛り上がった。時刻は23時過ぎ。

 私が「シンデレラの魔法は24時までらしいよ」と茶化せば、千晶が『シンデレラタイムは個人で違いますコトヨ?』なんて言って、話を終える合図。


『おやすみ』

「うん、おやすみ」


 そう言って通話を切る。

(出来る事なら良い夢を……)

 そんな無責任な願いは、乙女チックが過ぎるだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ