表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砕け散った初恋の後に、最後の恋をあなたと  作者: 燈華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/99

婚約者になったので

サージェス視点です。

長いです。

リーリエ嬢をエスコートしながら廊下を歩く。

後ろからはユフィニー家の侍女とアルノーが付き従っている。

これは当然のことだ。

まだ婚約を結んだばかりだ。二人きりになれるはずがない。


隣を歩くリーリエ嬢をさりげなく見る。

ふとどうせなら私の気に入っている庭を見せたいと思った。

婚約者になったのだから構わないだろう。


「今日はいつもと違う場所に案内しましょう」

「違う場所、ですか?」


きょとんとしてリーリエ嬢が私を見上げた。

その表情が普段より幼くも見えて何とも微笑ましい気持ちになる。


「ええ。気に入ってくださるといいのですが」


先日の見合いの時に我が家の庭を褒めていたことを思い出した。

ああいう庭のほうが好きならば、もしかしたら物足りないと思うかもしれない。

不安が差し込む。


時期尚早だっただろうか?

だが撤回するのもどうだろうか?


無駄に思考が空回っている。

だが一度差し込んだ不安は無視することができない。


「楽しみです」


笑顔でそう言ってくれてほっとする。

あとはリーリエ嬢が気に入ってくれるといいのだが。


不安は小さな塊となって私の心に居座っている。

私にできることは気に入ってくれるよう、せめて失望されないように祈ることだけだ。






庭に着けばアルノーと侍女は少し離れてくれる。

二人きりにはしないが、二人で気兼ねなく話せるようにだろう。

大声を出さなければ話す内容は聞こえないだろう。

これで人の目を気にせずゆっくり話せる。


今回は秘密にするような話題はないが気恥ずかしさを感じる必要はないだろう。

だができれば人の耳を気にせずにゆっくりと話がしたかった。


私とリーリエ嬢の見合いのはずなのに私たちはほとんど会話をしていないのだ。

グレイスの言ったように拗ねているわけではないが、もう少し話したいというのは紛れもない本音だった。


まだお互いのことはほとんど何も知らない。

会ったのもまだ四回目だ。

個人的な話をしたのも前回少しだけなのだ。

だから無理もないことだ。


だが婚約者のことを妹のほうが知っているというのももやもやする。

私たちにはお互いのことを知るために話す時間が必要だ。


これから長い付き合いになるのだ。

ゆっくりと関係を深めていけたらいいと思う。

だがそのためにはお互いのことをしっかりと知っていく必要がある。


まずはとりあえず。

この庭は気に入ってくれただろうか?

庭を見回しているリーリエ嬢を窺い見る。


その瞳に失望の色はない。

それにほっとする。

少なくとも負の印象はなさそうだ。


もう少し踏み込んでも大丈夫だろうか?


リーリエ嬢の眼差しが優しいものであることに勇気をもらい、口を開く。


「私の気に入っている場所なんです」


そう伝えれば驚いたように軽く目を見開いていた。

予想外だったのでうまく表情が取り繕えなかったのかもしれない。


当然、咎めるつもりはない。

油断のならない場所ではこのようなことにはならないだろうことはわかっているから。

つまりは、気を許してくれているのだろう。


前回の見合いの時に「私の前では素直に感情を出していい」と伝えたが、すぐにできるものではない。

フワル侯爵家ではかなり厳しくしつけられていたようだからだ。

少し感情を出しただけで不安になるほど根付いているものはなかなか突き崩せるものではない。


だからこのように少しずつ感情を出してくれるのは嬉しい。

いつか私の前で素直に感情を出してくれるようになったらいい。


「素直に言ってくださっていいですよ」


素直に言えるように軽く微笑んで言う。

本音で話してくれて構わない。


「すいません、少し、思ってしまいました」

「謝らなくていいですよ」


謝る必要はない。

素直に言っていいと言ったのはこちらなのだ。

むしろそういうことは素直に言ってほしい。


まだノークス相手の時の癖が抜けないのだろう。

それは当然のことだ。


婚約期間は一年ほどとそれほど長いものではないが、機嫌を損ねないようにとかなり気を遣っていたはずだ。

だからこそノークスはリーリ嬢のことを"弁えている"などと評したのだろうから。

その癖はそう簡単に抜けるものではないだろう。


だが私はリーリエ嬢とは対等だと思っている。

変な遠慮はしないでもらいたかった。

それはおいおい慣れていってもらうしかない。

折に触れて告げていくことにしよう。


今はとりあえず。

無理もないことだと軽く苦笑してみせる。


「普段お茶会を開いている華やかな庭を見ていれば無理もありません」

「あちらのお庭も素敵ですけど、こちらのお庭も素敵ですね」

「気に入ってくれましたか?」

「はい。落ち着きます」


同じように思ってくれてよかった。

つまらない庭だと言われたらどうしようかと思っていた。

私たちは相性がいいのかもしれない。


「こういうお庭がお好きなんですね」

「ええ」


庭を見渡すリーリエ嬢の視線が柔らかい。

その視線からも気に入ってくれたことがわかる。


「少し歩きましょうか」

「はい」


エスコートしながら庭を散策する。

花が好きなのか、リーリエ嬢の視線は花を辿っている。

楽しそうな様子でほっとする。


ただ残念ながら私は花についてはよく知らない。

今度きちんと調べておこう。

せめて花の名前と花言葉くらいは。


私には薔薇やかすみ草くらいしかわからない。

それでは花の話題を振られた時に話を広げられない。


それに、婚約者に花を贈る時に困る。

きちんと自分で花を選びたい。


いや、まずは好みの花を訊いてみるべきだろう。

贈るなら好きな花のほうが嬉しいはずだ。


それに、あまりいい思い出のない花は避けたい。

……きっとノークスとの思い出のある花もあるはずだ。

そのような花は絶対に避けたい。


近い内にさりげなくその花も聞き出したいところだ。

頭の片隅に置いておく。

今はとりあえずそうやって置いておいて。


花の名前を訊いてもわからない花だと困る。

私が困るとリーリエ嬢はその話題は避けるようになるだろう。


リーリエ嬢は花が好きなのだろう。

それは見ていてわかる。

それなら花の話題を避けるのはなしにしたい。

きちんとある程度調べてから花のことは訊こう。


それよりも今やるべきことは他にある。

何よりもまずは。

と窺っていたがなかなかタイミングが掴めない。

二人で花を眺めている時に思い切って口にした。


「今日のお召し物も素敵ですね。柔らかい雰囲気の貴女によく合っています」


今日は淡い水色のデイドレスだ。控えめにリボンやレースで飾られている。

アクセサリーはやはり控えめに小振りのアメシストの耳飾りとシンプルなデザインのアメシストの首飾りだ。

髪型は水色のリボンを使った編み込みになっている。


今日もまた控えめながら品の良さを感じられる装いだ。

リーリエ嬢によく似合っている。


今日もまた褒めるタイミングを(いっ)していた。

これはまた今日も後で母に叱られるだろう。

前回も話し合いの後で叱られたのだ。

今回はさらにグレイスにもちくちく言われるだろう。


甘んじるしかない。

今まで婚約者のいなかった弊害がこのようなところで現れている。

これからは本当に気をつけなければ。

リーリエ嬢にも恥を掻かせてしまうことになる。

それは避けたい。


リーリエ嬢は幸い気にした様子はない。

だがその優しさに甘え続けるわけにはいかない。


「ありがとうございます」


はにかむようにリーリエ嬢が微笑(わら)う。


「貴方も今日も素敵です」


恐らく呼び方に困ったのだろう。

だが婚約者なのだ。

"貴方"と呼ばれるのはいかにも他人行儀だ。


「サージェスと」

「はい?」

「婚約者になったのですからどうぞサージェスと呼んでください」

「サージェス様」

「はい、それで」

「ではわたしのことも敬称なしでリーリエと呼んでください」


ずっとリーリエ嬢と呼んでいたので緊張する。


「リーリエ」


声が震えなくてよかったと思う。

幸いにしてリーリエ嬢……リーリエには気づかれなかったようだ。

呼ぶのに慣れるのには少し時間がかかりそうだ。

ただ名前を呼ぶだけなのにこそばゆい。


「はい」

「これからもよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします」


改めて頭を下げ合い、顔を上げて微笑み合う。

何だか少し、照れ臭く感じてしまう。


きっとリーリエも同じだろう。

その笑顔に照れを感じる。

こういうこともおいおい慣れていくものだろう。


改めて婚約者の挨拶をしたことで思い出したようだ。

そういえば、とリーリエが言う。


「本当にお茶を気に入ってくださっていたのですね」

「信じていませんでしたか?」

「信じていないというよりは、信じられませんでした」

「そうですか」


やはりお茶の価値についてはわかっていないようだ。

先程のユフィニー家とのやりとりでもそれは感じられていた。


ユフィニー家が帰った後で家族で会議になるな。

両親とグレイスは今頃ユフィニー子爵夫妻から話を聞いているだろう。

その擦り合わせと今後のことについてしっかりと話し合わなければ。


リーリエがふわりと微笑(わら)う。


「でも気に入ってくださっていたのでしたら嬉しいです」


その笑顔に嘘はなかった。

領民が作ったものが評価されたのが嬉しいのだろう。

調べた限りではユフィニー家は領民との距離が近い。

子爵領ということと職人の領ということだからだろう。


この国では爵位ごとに領地の大きさが決められており、爵位が上がるほど領地が大きくなる。

子爵までなら領民と距離が近いのも珍しくはなかった。

だからこそフワル家に搾取されていてもお嬢様のためにと頑張ってしまったところがあるのだろう。

忠誠心までもフワル家に搾取されることになった。


だとしたらまた侯爵家がリーリエの婚約者になったことで警戒する可能性もある。

それはもう行動で信用を得るしかない。

一朝一夕でどうにかなるものでもない。

ユフィニー家のみならずその領民からも信用を得られるようにしなければ。


両親は当然そのようなことには気づいているだろう。

領民の信用なくしては望むものは手に入らない。

そのことも当然知っている。

だから無茶な要求はせず、誠意を見せるはずだ。


後でその辺りもしっかりと擦り合わせをしておかないと。

動こうとした時にお互いにどのように動くかがずれていたら困る。

それがお互いの邪魔をしたりユフィニー家の不信感に繋がったりしたら困る。


それを頭の片隅に置いておく。

そして表情を緩めて告げる。


「さすがユフィニー家だと思いましたよ」

「ありがとうございます」


本当に嬉しそうに微笑(わら)ってくれる。

それだけで不思議と満足感を覚えた。


読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ