庭の散策
リーリエ視点です。
少し長めです。
「サージェス、そろそろ庭を案内してあげなさい」
「はい」
立ち上がったサージェス様がわたしに歩み寄り、手を差し出した。
「ありがとうございます」
サージェス様の手に手を重ねて立ち上がった。
「サージェス様、リーリエのことをよろしくお願いします」
「はい、お任せください」
サージェス様がわたしに視線を向け、微笑む。
「行きましょう」
「はい」
わたしもサージェス様に微笑み返した。
グレイス様が小さく手を振ってくれた。
それには微笑んで応え、侯爵夫妻には一礼してサージェス様のエスコートで部屋を出た。
廊下で待っていたユフィニー家の侍女が静かに後に続く。
さらには先日のお見合いの時にも同行していた従者が侍女に並んでついてきた。
サージェス様の専属の従者なのだろう。
サージェス様がわたしに視線を向けて微笑む。
「今日はいつもと違う場所に案内しましょう」
「違う場所、ですか?」
つまりはいつもグレイス様のお茶会が開かれている場所ではない庭ということなのだろう。
「ええ。気に入ってくださるといいのですが」
サージェス様は少し、不安そうに見える。
「楽しみです」
笑顔で言えばほっとされたようだ。
もちろん、本心だ。
どのようなお庭を見せてくださるのか楽しみだ。
案内されたのは落ち着いた雰囲気の庭だった。
どことなくユフィニー家の庭に似ている気がする。
そう言ったら失礼か。
「私の気に入っている場所なんです」
軽く目を見開く。
予想していなかった。
さすがにこれは失礼な反応だった。
「意外、ですか?」
サージェス様が笑みを含んだ声で訊いてくる。
わたしの失礼な反応を咎めずにいてくれるようだ。
本当に優しい。
「素直に言ってくださっていいですよ」
微笑んでそのようにまで言ってくださる。
「すいません、少し、思ってしまいました」
「謝らなくていいですよ」
どこまでも優しい。
さらにサージェス様は軽く苦笑して言葉を足す。
「普段お茶会を開いている華やかな庭を見ていれば無理もありません」
「あちらのお庭も素敵ですけど、こちらのお庭も素敵ですね」
「気に入ってくれましたか?」
「はい。落ち着きます」
平凡な感想になってしまった。
だけれど本心だった。
それでもサージェス様は微笑んでくださる。
「それならよかった」
人によっては地味と称するだろう。
だけれどわたしはこういう庭も好きだ。
それにさすが侯爵家の庭だと思う。
フワル侯爵家の庭でよくフワル侯爵令息と交流のためのお茶会をしていた。
フワル侯爵家の庭はとにかく色彩豊かで見る者を圧倒していた。
もちろん全て計算し尽くされた美しさだった。
それに比べれば確かにこの庭は地味なものだろう。
だけれど一見地味に見せていて品のいい美しさを演出している。
色味を統一させていて小さい花をうるさくさせないように配置してある。
すべて考え尽くしているのだろう。
そうでなければここまで品のいい美しい庭は作れない。
それでもそれを感じさせないのは庭師の腕がいいからだろう。
「こういうお庭がお好きなんですね」
「ええ」
改めて庭に視線を巡らせる。
小さな花が控えめに散らばるように咲いている。
それでいて調和しているため落ち着いた雰囲気を醸し出している。
やっぱりうちの庭に雰囲気が似ている。
だけれど、それなら前回の見合いの時にユフィニー家の庭について言ったことは本心だったのだろう。
庭師に伝えたら喜んでいた。
もう一度伝えておこう。
あれが本心だったとわかればもっと喜ぶだろう。
前回伝えた時もやる気に満ちていたから今回はさらに張り切るかもしれない。
ふと思いつく。
婚約者になったのだからあの庭で交流のお茶会を開いてもいいかもしれない。
サージェス様が足を運ぶのがお嫌でなければ。
後で提案してみよう。
いずれにせよ、婚約者としての交流はするはずだから。
「少し歩きましょうか」
「はい」
エスコートされてゆったりと庭を眺めて歩く。
咲いている花はどれも可愛らしい。
知っている花も知らない花もある。
サージェス様はご存知かしら?
フワル侯爵令息は花は薔薇や百合などの人気のある花しか知らなかった。
尋ねてみてもいいのだろうか?
フワル侯爵令息は自分の興味がないことをわたしが訊くのにいい顔をされなかった。
サージェス様はどうだろう?
嫌な顔をするサージェス様をあまり想像はできないのだけれど。
フワル侯爵令息とのことがわたしを躊躇わせる。
当たり障りのない話題ですら口にする前に吟味していた。
それが当然だった。
その経験は社交をするうえで役に立った。
家同士の社交など話題に気をつけなければならない場は多々あるのだ。
まだサージェス様がどのような話題を好むかわからない。
どんな内容を不快に思うかも同様だ。
これから手探りで探っていくしかない。
とりあえず今日は並んで花を見るだけにする。
焦る必要はない。
きっとこれから長い付き合いになるのだろうから。
ゆっくりと歩きながら、時々は立ち止まって二人で花を眺める。
会話はあまりなかったが、それも気にならないほど穏やかな雰囲気だ。
サージェス様はあまりおしゃべりは得意でないのかもしれない。
並んで花を見ている時にさりげなくサージェス様が告げる。
「今日のお召し物も素敵ですね。柔らかい雰囲気の貴女によく合っています」
もしかしてずっと機会を伺っていたのだろうか?
前回も二人になってからさりげなく褒めてくださったのだったと思い出す。
皆の前で大仰に褒めるわけではないところがサージェス様らしいな、と思う。
だから自然と口許に微笑みが浮かんでいた。
「ありがとうございます」
今日のサージェス様は二回目の顔合わせだからかかっちりとした服装をしている。
フワル侯爵令息のようにいつでも隙のない服装とはまた違う。
そのような服装のほうがサージェス様のすっきりとした容貌を映えさせている。
サージェス様は今日も素敵だ。
そのまま言葉にする。
「貴方も今日も素敵です」
そう伝えれば、サージェス様の表情が少し曇った気がする。
何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか?
そういえば今の言葉は前回と同じだ。
あまりにも社交辞令過ぎると気落ちさせてしまったのかもしれない。
内心で慌てながら言葉を足そうとしたが、その前にサージェス様が口を開いた。
「サージェスと」
「はい?」
端的な言葉に一瞬聞き間違えかと思ってしまった。
だけれどサージェス様ははっきりと言い直してくれた。
「婚約者になったのですからどうぞサージェスと呼んでください」
それは確かにそうだ。
"貴方"だなんて少し他人行儀だ。
婚約者なのだから名前で呼び合うのは普通のことだ。
気づかれないようにして一つ小さく深く息をする。
それからそっと声に乗せた。
「サージェス様」
心の中ではそう呼ばせてもらっていたので、思ったよりすんなりと呼ぶことができた。
そうでなければ緊張して声が震えてしまっていただろう。
ふわりとサージェス様が微笑む。
「はい、それで」
「ではわたしのことも敬称なしでリーリエと呼んでください」
サージェス様が軽く頷く。
「リーリエ」
落ち着いた声だ。
サージェス様はきっと女性の名前を呼ぶことに対して緊張なさらないのだろう。
わたしとは違う。
「はい」
「これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
改めて頭を下げ合い、顔を上げたところで目が合い、お互いに微笑んだ。
よかった。
いい関係が築けそうだ。
読んでいただき、ありがとうございました。




