婚約は無事に成立したのだが
サージェス視点です。
目の前で次々に話がまとまっていく。
父はあらかじめ条件や提携話などをまとめるために用意していたのだろう。
話を聞いて変更することもなかったようだ。
まったく淀みない。
子爵にとっても悪い話ではなかったのだろう。
条件などを確認し、不明なところは質問し、納得してから諾の返事をする。
当主なので浅慮には判断しない。
ただ端から見ていれば父のほうが一枚上手なのがわかってしまう。
経験の差なのか、資質の差なのか。
それは子爵も感じていることだろう。
それでも子爵は萎縮はしていない。
それが家を背負うということだろう。
勉強になる、とつい思ってしまう。
私は真剣に二人のやりとりに耳を傾けた。
あらかたの話がまとまり、父が表情を改めた。
わずかに緊張を伴って口を開く。
その緊張も家族だからわかるものでユフィニー家の方々には気づかれてはいないのだろうが。
「では、トワイト家からの婚約の打診を受けてくれるかな? ユフィニー子爵夫妻に、リーリエ嬢?」
父はリーリエ嬢の意志も大切だと思ったのか、きちんと彼女の答えも求めていた。
父の求めにどう応じてくれるか、緊張感が高まる。
子爵はリーリエ嬢に視線を向けた。
意志の確認をしているようだ。
子爵はリーリエ嬢が嫌がれば断るつもりなのだろうか?
そうだとしても父は諦めないだろう。
搦め手を使ってでもこの婚約を成立させるだろう。
今後のことを考えればそのような手は使ってほしくはない。
だがもう私の手を離れてしまった。
今更止めることもできない。
いや、断ってほしいとは思っていないが。
リーリエ嬢が子爵に向かってはっきりと頷いた。
子爵夫人は静かに見守っている。
リーリエ嬢が嫌でないのなら反対する気はないのだろう。
リーリエ嬢に頷き返した子爵が父を真っ直ぐに見た。
ゆっくりと口を開く。
「はい、お受け致します」
その返事が返るまで長く感じた。
よかった。
身体から力が抜けそうになり、慌てて姿勢を正す。
そんな情けないところを見せるわけにはいかない。
幸い誰にも気づかれなかった。
視界の端ではグレイスが嬉しそうに微笑っている。
事実喜んでいるのだろう。
グレイスはリーリエ嬢を気に入っているから。
リーリエ嬢が私を見た。
目が合うと微笑んでくれる。
私もそっと微笑み返した。
父が頷きヤレムを振り向く。
「ヤレム、書類を」
「こちらになります」
すぐにヤレムが父に書類を渡す。
用意周到だ。
完全に今日のうちに婚約をまとめるつもりだったのだろう。
父が書類を確認してから子爵の前に置いた。
「先程の条件も書いてある。確認してほしい」
「はい」
子爵が書類を取り上げ、真剣な顔で読み込んでいく。
部屋には沈黙が落ちた。
誰しもが子爵に注目している。
三度ほど読んだ子爵が顔を上げた。
「大丈夫です」
「こちらも確認してくれ」
二部用意されていたもう一枚も渡し、子爵が確認する。
きちんと細部まで確認している。
さすがにそこはきちんとしている。
格上だろうと物怖じしていない。
これならフワル家はそこでの小細工はできなかっただろう。
「確認しました。問題ありません」
父が一つ頷く。
「ではサインを」
ヤレムが素早く筆記具を用意する。
「はい」
父と子爵がサインを書く。
書類を交換し、父と子爵がサインをする。
父が二枚のサインを確認してから一枚ずつ私とリーリエ嬢の前に置いた。
「二人もサインを」
筆記具を渡される。
内容をざっと確認してサインした。
顔を上げるとリーリエ嬢もちょうど書き終えたところだった。
恐らく同じように確認してからサインしたのだろう。
顔を上げたリーリエ嬢と目が合った。
驚いたのか少し目を見開いてから申し訳なさそうに眉が下がった。
待たせたとでも思わせてしまったようだ。
私は安心させるように目を細めて微笑んだ。
リーリエ嬢が安心したように目元を緩めた。
お互いの書類を交換する。
もう一度ざっと目を通して筆記具を持つ。
リーリエ嬢のサインが目に入った。
整った流麗な字だ。
変な癖もない。
どれほどの練習を重ねたのだろう。
ここまで変な癖のない字を書くには並の努力ではできないことだ。
「サージェス?」
「失礼しました」
丁寧さを心がけて素早くサインを書く。
少し待ってインクが乾いたところで父に戻した。
リーリエ嬢も同様だ。
父が二枚ともサインを確認して子爵に渡した。
子爵もサインを確認し、一枚を父に戻した。
父がヤレムに書類を渡した。
子爵も同じように書類を執事に渡す。
これにて婚約は成った。
改めて父がユフィニー家に視線を戻した。
「これで婚約は成った。これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
子爵が軽く頭を下げるのに合わせて夫人とリーリエ嬢も頭を下げた。
顔を上げたリーリエ嬢にグレイスが声をかける。
「リーリエ様、これからよろしくお願いしますね」
またもやグレイスに先を越されてしまった。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
リーリエ嬢が笑顔で頭を下げた。
本来、そのやりとりは私とリーリエ嬢の間で行われるもののはずだ。
ちらりと私の顔を見た両親がグレイスに声をかける。
「グレイス、またサージェスが拗ねるわよ」
「そうだぞ。またリーリエ嬢の婚約者はグレイスかと言い出す」
リーリエ嬢やユフィニー夫妻の前で何を言い出すのか。
これからは婚約者とその家族として関わっていくのに私のことも少しは考えてほしい。
……先程の発言があるので手遅れかもしれないが。
何故あのように言ってしまったのか。
もう少しやんわりと指摘もできたはずなのに。
「ああ、申し訳ありません。つい嬉しくて。お兄様ごめんなさい」
わざと、ではないのだろう。
家族の言葉を肯定するような響きにならないように気をつけながら言う。
「先程も拗ねていませんよ。リーリエ嬢、これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
お互いに軽く頭を下げ合う。
顔を上げて目が合い、自然に笑みがこぼれた。
読んでいただき、ありがとうございました。
少し補足します。
婚約は当主同士のサインで成立します。
当人同士のサインはあってもなくてもどちらでもいいのです。
ノークスとの婚約時は当主同士のサインで成立したため、リーリエは特にサインはしていませんでした。




