婚約の成立
リーリエ視点です。
「お茶の話だけではなくーー技術者のほうもだ。搾取するような真似はしない」
侯爵のその言葉で場の雰囲気が変わった。
いよいよ本格的な話し合い、ということだろう。
先程のお茶の話題はあわよくば、と言ったところか。
貴重なものだとおっしゃっていたが、うちくらいのものではそれほどの興味は惹かれなかったのだろう。
この先品質が向上すれば、という、先の約束を取りつけただけだ。
それも確かなものではない。
一応胸に留めておく、ということなのかもしれない。
父の顔つきも変わった。
本気の話し合いが始まった。
婚約・婚姻における両家の条件や利点を擦り合わせていく。
当主同士の話し合いだ。
他の者は口出しできない。
それでも異議があれば母にしろ侯爵夫人にしろ口を挟むだろう。
だけれどそれもない。
技術提携の話がまとまる。
先程言っていた通り、搾取するような内容ではない。
きちんと対等な立場での事業提携だ。
本当の本当に対等だった。
それが珍しいことはわたしにもわかった。
これだけの爵位差があるのだ、こちらが多少不利な内容であってもおかしくはないのだ。
搾取しないまでもそれくらいの不均衡は十分に考えられたことだ。
それなのにだ。
トワイト侯爵は対等での事業提携にしてくれた。
本当に驚くべきことだった。
フワル侯爵家の時とは違う。
フワル侯爵家との婚約時の事業提携は爵位差があるのでユフィニー家のほうが不利な契約だったことはわかっていた。
それでも多少だと思っていたのだ。
きちんと確認しておけばよかった。
フワル侯爵家との婚約成立の場にはわたしは同席していなかった。
それでも後で確認することはできたのだ。
知ったところでわたしには何もできなかったかもしれない。
それでも知っておくべきだったと思う。
今でもそう思う。
具体的にはどれだけ不利な契約内容だったのかわからない。
両親に訊いてみても教えてくれなかった。
それは父の片腕の執事に訊いても同じだった。
父に口止めされているのだろう。
それでもフワル家との契約より格段に良い条件だということはわかった。
それだけトワイト家がユフィニー領の職人の腕を高く買ってくれているということだろう。
父も母もどことなく満足そうだ。
トワイト侯爵が宣言通りユフィニー領の職人の技術を買い叩くような真似をしなかったからだろう。
フワル侯爵家との契約はやはり忸怩たる思いがあったのだろう。
それに気づかずに浮かれていた自分が情けない。
だけれど今は落ち込んでいるわけにはいかない。
その素振りすら見せるわけにはいかない。
意識して切り替える。
今は話し合いのほうに集中しなければ。
条件などの洗い出しが終わり、改まった口調で侯爵が訊く。
「では、トワイト家からの婚約の打診を受けてくれるかな? ユフィニー子爵夫妻に、リーリエ嬢?」
わたしの名前まで侯爵は並べた。
わたしの意志までも確認してくれたように感じる。
娘をただの家の道具として見ているわけではないということなのだろう。
侯爵がそういう方でほっとした。
他家の令嬢にそういう視点を持てるのであれば自分の娘に対してもそうだろう。
父がわたしを見た。
心は決まっている。
わたしはしっかりと頷いた。
父が頷き返し、侯爵を真っ直ぐに見た。
「はい、お受け致します」
部屋の空気が緩んだ気がした。
やはり緊張感は誰もが感じていたのだろう。
グレイス様がぱっと微笑む。
グレイス様は喜んでくださったようだ。
自然と口許が綻んだ。
サージェス様にそっと視線を向けると安堵したようだった。
断ると思ったのだろうか?
今更余程のことがない限りそのようなことはしない。
受ける前提でこの場にいるのだから。
その万が一のことを考えたのかもしれない。
ほんの少しでも可能性があれば考えてしまうのは仕方ない。
以心伝心するほどの付き合いもないのだ。
しっかりとサージェス様と目を合わせて微笑んだ。
サージェス様も目元を緩めて微笑み返してくれた。
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