暴かれる弱音
リーリエ視点です。
「つらくはありませんか?」
こんなに直接的に訊いてしまうなど、この方は貴族の世界の中でやっていけるのかと逆に心配になってしまう。
高位貴族はわたしたち下位貴族よりよほど駆け引きが多いはずなのに。
だけどそれは、それほどわたしのことを心配してくれた、ということでもあるのかもしれない。
初対面であるのにも関わらず。
やはり涙を見られてしまったからだろうか。
わたしはこれ以上彼が気にしないように微笑む。
「大丈夫です」
「無理をしなくて、いいですよ」
さすがに強がりばかりは気づかれてかえって気を遣わせてしまう結果になってしまった。
気遣わしげな視線に心を強く持たせることはできなかった。
ひどい人だ。
わたしが一生懸命に心の奥底に封じようとしていることを暴きにくる。
優しさは時には残酷だ。
「だって、どうにもならないのですもの」
ちょっとにらんでしまったのは許してほしい。
どうにもならないのだ。
だから暴いてなどくれないでほしい。
一度溢れてしまえば、止まらなくなってしまうから。
そうするわけにはいかないのだ。
こんな場所で。
初めて言葉を交わした人に対してこぼすものではない。
「だからどうかお気になさらず」
やんわりと拒否する。
普通の人ならこれで引き下がるはずだ。
それだというのに。
彼は何故か言葉を重ねた。
「私が、力になります」
「お気持ちだけ、ありがとうございます」
本当に気持ちだけで。
もう十分だ。
立ち上がれないくらいの衝撃を受けたけれど、彼のお陰で何とか立ち上がれそうだ。
彼が心配そうな表情になった。
本当に彼は高位貴族なのだろうか。
そんなに顔に出て大丈夫なのだろうか。
こちらこそ心配になってしまう。
「誰にも話せないのはつらくありませんか? 貴女は一人でどこまでも抱え込んでしまいそうです」
だって、それは当然で。
誰かに話すことではないし話せることでもない。
言ってしまえば、政略的な婚約者に勝手に恋をして勝手に失恋した、ただそれだけのこと。
ノークス様の言った通り、政略的な婚約者相手に恋だの愛だの言うほうが間違っているのだ。
人に言えばノークス様のように非難するだろう。
だからか。
「私が味方になります」
その言葉が真っ直ぐに響いた。
そしてーー。
「彼の傍にいるのは、つらい、です。自分の愚かさにいっそ消えてしまいたい」
ぽろりと本音をこぼしてしまった。
これが罠だったら、こんなに簡単に本音をこぼしてしまったわたしは侯爵家には相応しくないかもしれない。
ぎゅっと思わず手に持ったハンカチを握りしめた。
恐る恐る彼の顔を見上げる。
もしもこれが罠ならば、何かしらが表情に滲み出るだろう。
だが彼の目にあったのは労りだった。
それにほっとしてしまう。
口許が少し綻ぶのがわかった。
彼の瞳がわずかに揺れた。
そして、口を開く。
「婚約を、解消は……?」
何故そんなことを訊くのだろう。
彼も貴族ならわかっているはずだ。
「婚約解消など、できません」
できるはずがない。
そんなーー
「わたしの、失恋くらいでそんなことは、できません。家同士の契約ですから」
たかだか失恋くらいで婚約解消などできない。
これは家同士の契約だ。
最初から色恋などというものは介在していないのだ。
そこにわたしが一人で恋を乗せてしまっただけのこと。
それにーー
「愛し合うことはなくとも、お互いを支え合うパートナーにはなれるはずです」
心は痛いけれど、微笑って見せた。
読んでいただき、ありがとうございました。




