トワイト侯爵家へ向かう馬車の中
リーリエ視点です。
今日は二度目の顔合わせの日だ。
今日はトワイト家のほうにお伺いすることになっている。
今は両親とトワイト家に向かう馬車の中だ。
手土産にはユフィニー領のお茶にした。
先日トワイト家の皆様が興味を示されたようだったからだ。
もちろん一番出来のいいものだ。
知り合いのところに自領のお茶を手土産に持っていくことはたまにある。
だけれどそれは両親の友人だったり、わたしの友人といったごく親しい相手へだ。
このようにきちんとした訪問で持っていくことはなかった。
そんな正式の場に持っていけるような高級品ではないのだ。
気に入ってくださるといいのだけれど。
「話し合いが順調にいけば今日にも婚約が結ばれることになるだろうけど、リーリエはそれでいいんだね?」
「リーリエが乗り気でないなら断ってもいいのよ?」
ここに来てまで両親はわたしの気持ちを慮ってくれる。
「いえ、大丈夫よ。トワイト侯爵令息はいい方だもの」
「無理はしていないかい?」
私は微笑った。
「していないわ」
両親から探るような視線が向けられる。
それでもわたしの微笑みは崩れない。
わたしが無理をしていないとわかったからか、両親からほっとした空気が伝わってきた。
「そうか」
「大丈夫ならいいのよ」
「お父様たちは反対ではないのよね?」
一応確認しておく。
わたしに確認しただけで特に反対はしていなかったから大丈夫だと思うけれど。
反対ならわたしに訊かずに断っていると思う。
「反対する理由がないからね」
「ええ。いい御縁だと思うわ。私たちはリーリエがサージェス様でいいのだったらそれでいいの」
若干の不敬が入っているけれど聞かなかったことにしたほうがよさそうだ。
ほっとした表情を浮かべて微笑う。
「ありがとう、お父様、お母様」
そのわたしの心を慮ってくれる気持ちが嬉しかった。
「当然のことだよ」
父の言葉に母も頷いている。
当然のことではない。
娘を道具のように扱う親もいるのだ。
むしろ娘の気持ちを慮る親のほうが少ないかもしれない。
わたしは本当に恵まれているのだ。
父の眉が下がった。
「フワル家との婚約ではリーリエに随分と負担をかけてしまったからね」
随分と気に病ませてしまっているようだ。
婚約解消だけではなく、恐らく婚約している間のことも含まれていると思う。
だけれど、その全てはわたしの財産になった。
だからわたしのことはいいのだ。
父が、両親が気に病む必要はない。
わたしはただ首を横に振ることしかできなかった。
むしろ迷惑をかけたのはわたしのほうだ。
わたしがフワル侯爵令息に恋心を抱かなければ、職人への賃金などその時々で交渉できたはずなのだ。
わたしの立場が悪くなったり、万が一にも婚約を解消されたりしないようにと我慢してくれたのだ。
わたしが、そうさせた。
そのことにわたしは少しも気づいていなかったのだ。
母がそっとわたしの手を握った。
「お父様もお母様も気になさらなくていいわ」
母が泣き笑いの顔になる。
何か間違えてしまったのだろうか?
「本当にわたしにはいい糧になったわ。フワル侯爵夫人のお陰で所作も綺麗になったでしょう?」
「……そうね。リーリエの所作はとても、綺麗だわ。高位貴族に嫁いでも十分通用するわ」
「ああ。リーリエの努力の、成果だ」
わたしは敢えて胸を張って微笑む。
「だからこの御縁も気後れしないで済むわ」
それもまた本心だった。
礼儀作法はフワル侯爵夫人に合格をもらっていた。
婚約して一番初めに厳しく仕込まれたのだ。
そのことに今は感謝している。
侯爵家で通用する所作を身につけられていなければ、恐らくグレイス様と親しくしたり、そのご友人方に紹介いただくのも難しかっただろう。
この御縁もやはり気後れしていたと思う。
次は爵位の近い家のほうがいいと。
そう両親に訴えていただろう。
「そうか」
「ええ」
「そう」
これ以上その話をすれば余計に両親は気に病むような気がする。
だからわたしは話題を変えた。
「お茶は気に入ってくださるかしら?」
やはり心配で、ついそんなことを口にしてしまう。
「たぶん気に入られると思うよ」
父は何も心配していなさそうだ。
先日のお見合いでわたしとサージェス様が席を外した後に何かあったのだろうか?
「そうね。前回は何杯も飲んでくださったもの」
「いろいろ訊いてくださって興味も持ってくださったようだった」
「そうだったの」
それなら気に入ってくださる可能性が高い。
そういえば、と思い出す。
サージェス様も美味しそうに飲んでいた。
目元が緩んでいたから勘違いではないと思う。
「トワイト侯爵令息も気に入られたようだったわ」
「そう。それならよかったわ」
父も母も穏やかに微笑む。
手土産として悪くない選択肢だと改めて思い直した。
それに。
「気に入ってくだされば、取り引きしてもらえる可能性も出てくるね」
父の言葉に母も頷く。
「そうなったら嬉しいわね」
その母の言葉に頷く。
そうやって少しずつ取引先を増やしてきたのだ。
信頼できるところに少しずつ。
それが買い叩かれずに済む確実な方法だった。
領民が丹精込めて育てているものだ。買い叩かれるわけにはいかない。
考えた末に信頼できる相手に試しに出してみて気に入ってもらえたら販売するという方法にしたのだ。
お陰で今のところ買い叩かれたことはない。
そう言う意味ではフワル家のことは信用していなかった、ということだろう。
一度だってフワル家にお茶の話などしなかった。
だからフワル家にはユフィニー領でお茶を作っているとは知られていない。
目をつけられれば搾取されていたかもしれない、というのは今になって気づくことだ。
迂闊にフワル侯爵令息に話さなくてよかった。
今では本気でそう思う。
フワル侯爵夫妻が我が家に来なかったのも幸いだったのだろう。
フワル侯爵令息が好みにうるさかったことも。
フワル侯爵夫妻もフワル侯爵令息もユフィニー領の職人を使っていても、ユフィニー領に一度として来なかったことすらも。
来ていたらバレていたかもしれない。
代わりに来ていたフワル侯爵家に仕える文官なんかもユフィニー領には興味がなさそうだったので見落としたのだろう。
フワル侯爵家に隠し通せたことは間違いなく幸運だった。
そんな風に話をしながら過ごしていると、速度がゆっくりになった。
一度停まって、また動き出す。
トワイト侯爵家の敷地内に入ったのだろう。
それからゆっくりとした速度で進み、やがて、馬車が停まった。
読んでいただき、ありがとうございました。
想像以上にゆっくりと進んでいますが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。
今年も読んでくださりありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。




