物思いに耽ってしまったその傍らで
サージェス視点です。
初恋を失った。
私にも覚えのある感覚だ。
色恋には疎い私にでさえも、初恋というものはどうしようもなく甘く苦い思い出がある。
私の初恋も実らなかった。
彼女の初恋のように無惨に砕け散りはしなかったが、静かにそっと役目を終えた。
だから、実らなかった初恋のつらさはわかる。
だからきっと、これは同情で、珍しく手を差し伸べようと考えたのも、ただの気まぐれだ。
そう、これはほんの気まぐれだ。
だが何故か彼女の涙に濡れた瞳が忘れられない。
その涙をぬぐってやりたいと手が動きかけたのは誰にも言えない秘密だ。
知られてはいけない秘密だ。
彼女は他の男の婚約者だ。
そんな彼女に触れたいなどというのはとんだ醜聞だ。
彼女の名誉にも関わってしまう。
……などというのはただの言い訳だ。
そんな言い訳で本当は汚したくはない。
たぶん、魅入ってしまったのだろう。
だが、それは、誰にも知られてはいけないこと。
彼女には知られたくないことだ。
物思いに耽ってしまっていたことに気づいてはっとする。
ちらりと彼女を窺うと、じっとこちらを見ていた。
恐らく、何も言わないのをいぶかしんでいるのだろう。
これは完全に私の失態だ。
私が見ていることに気づいた彼女はふわりと微笑んだ。
何故?
放置されたと怒ってもいい場面だ。
普通の令嬢なら怒り出しているところだろう。
あるいは何を考えているのかと冷静に観察しているだろう。
だが彼女はどちらとも違う反応を示した。
大人しく穏やかな質なのだろう。
そう滅多なことでは怒らないのではないだろうか。
こういうところが弁えていると言われる所以なのだろう。
感情に任せて怒り出さない。
一歩後ろに控えている感じか。
気をつけないと体よく使われてしまうだろう。
……身内でも友人でもましてや婚約者でもない私が心配するようなことではないが。
ないが、本当に大丈夫か、と思ってしまう。
今だってつらい気持ちを押し込んでいるのだろう。
溜め込んで溜め込んで爆発するならいい。
だが、彼女は、爆発することもなく静かに壊れてしまいそうだ。
それは、忍びない。
だが、手を貸せるとしたら、この一時を逃してしまうと無理だろう。
そもそも接点がないし、接点を作れない。
だけど、もし彼女が望むならーーそれならいくらでもやりようはある。
だからどうかーー
彼女が小さく首を傾げた。
それではっとする。
また思考に没頭してしまっていた。
彼女を放置するつもりはなかったのに結果的にそうなってしまっていた。
だから、私は少々焦った。
焦ったまま口を開く。
「つらくはありませんか?」
……本当に焦るとロクなことを言わない。
読んでいただき、ありがとうございました。




