彼女の気持ちを確認しなければ
サージェス視点です。
リーリエ嬢が躊躇うような様子で口を開いた。
「貴方はいいんですか? わたしが婚約者になることに不満はありませんか?」
そんなふうに訊かれるとは思っていなかった。
私の中ではリーリエ嬢がどうしたいのかしかなかった。
私の気持ちはすでに固まっている。
「私は貴女が婚約者なら嬉しいです」
率直に告げた。
少し考える素振りを見せたリーリエ嬢が一つ頷く。
「そうですか。わかりました」
いつもより平坦な声だった。
ただそのことにリーリエ嬢自身が驚いたようだった。
慌てたように言葉を継いだ。
「貴方が嫌でないならいいのです」
慌てたからだろうか、先程までの平坦さはなかった。
それにどこかほっとした。
しかし、言い方が気になる。
まるで自分の気持ちなどどうでもいいような言い方だ。
まさか本当にそう思っているわけではないよな?
不安が過る。
私自身はリーリエ嬢の気持ちを大切にしたい。
それにはリーリエ嬢がどう思っているかを知らなければ。
先程は自分の意志で見合いを決めたと言っていたが、私との婚約について本当はどう思っているのか確かめておく必要がある。
「ユフィニー嬢はどうですか? このお見合いは貴女の意志だと先程おっしゃっておられましたが、私が婚約者で嫌ではありませんか?」
そう訊けば目を見開いていた。
確認されるとは思っていなかったようだ。
それだけの覚悟を持ってこの見合いに臨んだのだろう。
だが覚悟があるのと、嫌ではないは同じではない。
リーリエ嬢が家のために覚悟している、という可能性も否定できない。
そういう我慢をしてしまう人だとわかっている。
だから心配だった。
家のために自分の気持ちを押し殺しているのでは? と。
「わたしも嫌ではありません」
その言葉が聞けて自分で思っている以上にほっとした。
だから自然と微笑みが浮かんでいた。
「よかったです」
その言葉も自然と出てきた。
嫌でないならよかった。
それも一つの懸念だった。
リーリエ嬢からしたら私は二度会ったことのある男に過ぎない。
しかも婚約解消に手を貸してすぐに婚約を申し込んできた輩だ。
やはり裏があったと不信感を持たれてもおかしくはなかった。
あるいは恩があると断れなかった可能性だってあったのだ。
たがリーリエ嬢の様子を見る限り、そのようなこともなさそうだ。
ほっとしてつい口に出す。
「実は家の利のために自分の心を押し殺しているのでは、と心配だったのです」
恐らくはそんなふうにすら考えていなかったのだろう。
驚いている。
それから何故か慌てている。
どうしたのだろう?
彼女の中で何かあったのだろうが、それがどんなことか見当がつかない。
ふっと、リーリエ嬢の肩から力が抜けるのがわかった。
何故だろう?
「どうしましたか?」
素直に訊いてみる。
リーリエ嬢は口を閉じている。
どう答えたらいいのか迷っているのかもしれない。
言葉を重ねる。
「何か不安や不満があれば今のうちに教えてください」
不安や不満があるのなら今のうちに教えておいてほしい。
それを取り除く努力はするつもりだ。
良好な関係はそのようなところから信用を積み上げていった先に紡がれるものだろう。
少なくとも私はそう考える。
リーリエ嬢とは良好な関係を築いていきたい。
リーリエ嬢は逡巡したようだったが、ちらりと私の顔を見て教えてくれる。
「感情を表に出してしまったので……不愉快にさせてしまったり、未熟だと思われたのではないかと、思いました」
ああ、と納得する。
貴族は感情を表に出すことをよしとはしない。
特に高位貴族はそうだ。
駆け引きや無言で相手に悟らせるためにあえて見せることはあるが。
フワル家は特に厳しそうだ。
うっかり感情を表に出した時に厳しく咎められたのだと推測できる。
だから私も咎めると思ったのだろう。
それでも伝えてくれた。
私との関係を良好なものにしようと考えてくれたのだろう。
それと、私を信じてくれたのだと思う。
そうでなければ告げることはなかっただろうと思う。
そもそもそれを言葉にするのにも勇気がいっただろうはずだから。
それだけでも咎められるかもしれないのだ。
私は勿論そんなことはしないが。
そのことは付き合いの浅い彼女にはわからないことだ。
だから、告げた。
「私の前でしたら素直に出してもらって構いませんよ」
勿論、公式の場では極力出さないようにすることが必要だ。
それはリーリエ嬢もわかっているはずだ。
だからこのような言い方をしても問題ない。
リーリエ嬢はほっとしたようで、唇を小さく綻ばせた。
小さい動きだったが、私の目にははっきりと映った。
目を引かれ、一瞬息が止まる。
幸いにしてリーリエ嬢には気づかれなかったようだ。
密かにほっとする。
「ありがとうございます」
先程よりも顔が明るい。
少しは憂いを晴らすことができたようだ。
少しでも気が楽になったのならよかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




