認識の齟齬があるようだ
サージェス視点です。
少し長めです。
真剣な顔でリーリエ嬢を見る。
「私としてはもう少し貴女に心の整理をする時間を差し上げたかったのですが」
申し訳ありません、と小さく謝る。
まさか本当に父があんなに素早く打診するとは思っていなかったのだ。
父には言われていたことではあったが、婚約解消の情報を掴むやいなやすぐに打診するとは思っていなかった。
これは私の考えが甘かったのだ。
反省はしている。
ただリーリエ嬢には予想もしていなかった言葉だったようだ。
少し慌てている。
「いいえ。大丈夫です。謝る必要はありません」
気を遣われたのだろう。
ああ言われたらそう言うしかない。
そこまで考えが及ばなかった。
反省しているとリーリエ嬢が改めて言った。
「お気遣いをありがとうございます。ですがもう大丈夫ですから。ありがとうございました」
穏やかな微笑みだ。
その顔をじっと見る。
無理をしているようには見えない。
「無理は、していませんか?」
「していません」
本当かどうかついじっと見てしまった。
無理をしているようには見えない。
だがそれが本当かもわからない。
リーリエ嬢はそのようなことを隠すのがうまい。
さらにじっと見る。
すると思いの外強い視線が返ってきた。
「両親はわたしの意志を尊重すると言ってくれました。今日の見合いはわたしの意志です」
思いがけない言葉に驚く。
リーリエ嬢の意志でこの見合いがなされているとは思わなかった。
彼女の意見も聞いたかもしれないが、それでもこの見合いをすることを決めたのはユフィニー子爵だと思っていた。
どうして見合いを決めてくれたのかなど訊きたいことはあったが飲み込んだ。
「そうですか」
出てきたのはそれだけだった。
素っ気ない言葉だ。
それをリーリエ嬢が気にした様子はなかった。
そらならば問題ない。
意識を切り替える。
「父が乗り気ですからこの婚約はすぐにまとまるでしょう」
リーリエ嬢は頷いた。
ある程度の予測は立てられていたのだろう。
それか、この話を受けた時点でそのつもりだったのかもしれない。
余程でない限りは格上の家からの婚約話は断りにくい。
見合いまでしてしまったら尚更だ。
だからそこまで見据えて見合いの場を作ってくれたのだろう。
そこで初めの父の言動を思い出し、眉尻が下がってしまう。
今思い返しても不躾だったように思う。
見合いに来たというのにあの不躾さで申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
ただ謝られてもリーリエ嬢も困るだろう。
後で父には一言釘を刺しておくことにする。
リーリエ嬢には後で驚かせないようにお茶の件だけ告げておくことにする。
「ユフィニー家の技術だけではなく、今日出していただいたお茶が気に入ったようですから」
リーリエ嬢が軽く目を見開く。
先程話をしていたが想定外だったようだ。
「そこまで気に入られたのですか?」
どうやら彼女にはあのお茶の価値はわかっていないようだ。
子爵もわかっていなかったようだからユフィニー家では茶の栽培は特別なことではないのだろう。
もしかしたらこの国のお茶事情をきちんと把握していないのかもしれない。
自領で細々と作っているものだからそれほど高い評価をしていないのだろう。
ユフィニー家といえば職人の腕の良さで名を馳せているのだ。
少量栽培してほぼ自領内で消費しているものに高い価値は見出だせないのかもしれない。
今までよく買い叩かれたりしなかったものだ。
取引相手が良心的だったか、買い叩かれていることに気づいていないか。
あのユフィニー子爵が買い叩かれて気づかないということはないだろう。
職人を守るためには買い叩きには敏感にならないと対抗できない。
搾取されるだけ搾取されて使い潰されてしまう。
ユフィニー子爵はしっかりと職人たちを守っている。
それだけの目と腕を持っているのだ。
フワル家もだからこそぎりぎり利益の出る契約にしていたはずだ。
そうでなければユフィニー子爵は侯爵家相手に難色を示しただろう。
最低限、それだけの実力はあるはずだ。
そうでなければもっといいようにされていただろう。
もちろん、うちはそんな悪どいことはしない。
今回、ユフィニー子爵が条件の見直しの交渉をしようとしたことから、フワル侯爵家が婚約を解消した、とも一部で言われていた。
それも事実だろう。
代わりになる男爵家との縁を得たのも決断を後押ししたのだろうとわかる。
今はそれは置いておくとして。
認識としては技術力こそがユフィニー領の強みだ、と思っているのだろう。
だからユフィニー家、ひいてはユフィニー領全体がその価値に気づいていない可能性がある。
「そのようですね。私も好みのお茶でした」
「それならよかったです」
リーリエ嬢がほっとした様子を見せた。
小さな笑みまで浮かんでいる。
どうしてだろう?
嬉しそうならわかるのだが、何に安心したのだろう?
何か不安にさせることをしていたのだろうか?
考えてもわからない。
訊いてみるか?
不安があるなら取り除いておきたい。
だが次に出てきた言葉に耳を疑った。
「こちらから差し出せるものがあってよかったです」
本気で言っているのだろうか?
いや、たぶん本気で言っているのだろう。
何故?
……まさか、フワル家との一件が思考に陰を落としているわけではないよな?
少し、心配になる。
それは想定していなかった。
でも有り得ることではあった。
もう少し配慮するべきだった。
今からでも挽回できるだろうか?
リーリエ嬢には何の瑕疵もないのだから堂々としていていい。
「十分過ぎるほどですよ。むしろうちのほうが足りないかもしれません」
リーリエ嬢が有り得ないという顔をしている。
素直に出ているのは伝わっても問題ないと思ったからだろう。
だが事実だ。
人脈はあるが、それだけで差し出せるものが等価になるかどうか。
今回さらにはユフィニー領から採れるお茶も加わった。
どれだけユフィニー家に利をもたらすことができるか本格的に頭を悩ませなければならない。
父と母、それにグレイスも協力してくれるだろう。
父がこの婚約の成立を急ぐなら帰ってすぐに取りかかるだろう。
いや、帰りの馬車の中ですぐに取りかかるかもしれない。
「そんなことはありません」
リーリエ嬢はそう言ってくれるが事実でしかない。
これは、相互での認識の齟齬が大きいかもしれない。
リーリエ嬢だけだろうか?
それともユフィニー子爵夫妻もだろうか?
早急に確認したほうがよさそうだ。
両親にも共有してもらわないと。
認識の齟齬が大きいと後々問題に発展しかねない。
その芽は早めに摘んでおくべきだ。
これはここだけの話ではなく双方の家族揃って話したほうがいいことだ。
両家でしっかりと認識のすり合わせをするべきだ。
だから、話すのはここでないほうがいい。
緩く首を振る。
「その話はおいおい。きちんと確認してからのほうがよさそうです」
リーリエ嬢もしっかりと頷いてくれる。
「わかりました」
どうやら認識の齟齬をリーリエ嬢も感じたようだ。
これなら揉めることなく確認はできそうだ。
ほっとする。
できればこの婚約話はうまくいってほしい。
だからやはり問題の芽になりそうなものは早めに摘み取っておくべきだ。
それには認識を共有し、擦り合わせることが必要だ。
それからユフィニー家に不利にならないようにしないと。
もしユフィニー家が不利な条件で婚約が結ばれればトワイト家はフワル家と同類になる。
そうなればリーリエ嬢は二度と私もトワイト家も信用しなくなるだろう。
いずれ婚約解消の可能性も出てくる。
それは何としても避けたい。
その辺りのことも両親としっかりと話し合わなければ。
両親としっかりと話し合った後でユフィニー家と認識の擦り合わせをし、双方納得して婚約を結ぶ流れが理想だ。
理想であり、目標、か。
その通りできるようにしなければ。
それが一番いい道筋だ。
どうすればいいか。
頭の片隅で段取りを考え始めた。
読んでいただき、ありがとうございました。




