婚約の申し込み
リーリエ視点です。
婚約を解消した次の日にはもういくつかの家から釣書が届いて驚いた。
ユフィニー家と縁を結びたい家はいくらでもある、とのサージェス様の言葉は本当だったのだ。
リーリエはその確認のために父の執務室に呼ばれていた。
母は外せないお茶会があり、帰ってきてから話すことになっていた。
とりあえず今は父と二人で確認しているところだ。
父が一通の手紙を手に取って中身を確かめると驚いたような顔になった。
誰からどんな手紙が届いたというのだろうか?
父の視線がわたしに向いた。
「リーリエは確かトワイト家のグレイス様と交流があったね」
「ええ。友人の一人に数えていただいているの」
「じゃあ、サージェス様に会ったことはあるかい?」
「ええっと、一度だけ」
サージェス様がどうかしたのだろうか?
「そうか」
「えっと、お父様?」
わたしの戸惑いは取り合わずに父が穏やかな微笑みを浮かべて問いを重ねた。
「リーリエから見てサージェス様はどんな方だった?」
思わぬ質問に目を瞬かせる。
それから少し考える。
サージェス様の印象はーー
「穏やかで優しい方だと、感じました」
一度挨拶しただけならこれくらいで問題ないはずだ。
むしろ細かく語れるほうがおかしいだろう。
「そうか」
「えっと、何故そんなことを訊くの?」
訊かれる理由がわからなかった。
父が手紙をわたしに差し出しながら言う。
「サージェス様との縁談が来ているんだ」
「え?」
思わず驚いた声を上げてしまった。
確かに候補の一人とはおっしゃっていたけれど、まさか本当に縁談が来るとは正直思っていなかった。
それに申し込んでくださるにしても随分と早い。
家の意向なのだろうか?
それしか考えられない。
サージェス様にはわたしに急いで婚約を申し込むような理由はないはずだ。
わたしとの婚約を申し込む理由もなさそうだけれど。
サージェス様のことを知らなければ罠だったのかと思うところだ。
だけれどサージェス様に実際にお会いしてその優しさに触れているので何か事情があるのだろうと素直に思える。
サージェス様は信じられる。
だけれどいくら信じることができても婚約するかどうかというのはわたしが決めることではない。
婚約の件についてはわたしは父の判断に従うだけだ。
そう思っていたのだけれど。
「リーリエはどうしたい?」
「え……?」
「リーリエの好きにしていいよ」
次の婚約も父が決めると思っていた。
それでいいと思っていたのに。
まさかわたしの好きにしていいと言われるなんて思ってもいなかった。
「リーリエが嫌なら断るよ」
「嫌ではありません」
間髪を容れずに答えていた。
おや、と父は目を丸くする。
わたし自身も少し驚いた。
だけれど嘘ではない。
嫌だということだけはない。
「そうか。それで、どうしたい?」
父が真っ直ぐにわたしを見て訊いてくる。
自分の胸の内を覗いてみる。
もちろんそこにサージェス様への恋情はない。
だけれど恋情など必要ない。
婚約者だったフワル侯爵令息に恋をしたことがそもそも間違いだったのだ。
婚約や婚姻に恋情はむしろ邪魔なものだ。
必要なのは誠実に向き合えるかどうか。
誠実に向き合うことさえできれば、手と手を取り合って両家を繁栄させていくこともできるだろう。
ノー……フワル侯爵令息も恋に落ちるまでは誠実にわたしに向き合ってくれていたと思う。
それまでは一度も邪険にされていると思ったことはなかったから。
だけれども彼が恋に落ちてからは変わってしまった。
あれほど家のことを考えて行動していた方が、だ。
恋と言うのは貴族には必要のないものなのかもしれない。
あとは本人たちだけではなく家として誠実に付き合えるかどうか。
その観点から言えばサージェス様はーー。
心が決まる。
真っ直ぐに父を見返して告げる。
「わたしはーー」
わたしの答えに父が一つ頷いた。
「わかった。ではそうしよう」
「お母様に相談しなくていいの?」
「勿論相談するけど、反対はされないだろう」
「そう」
わたしのことを想ってくれている母ならわたしの意志を尊重してくれるだろう。
それと、恐らく事前に両親の間で話し合いがなされているのではないかと思う。
さすがに父も母への相談なしにそのようなことは言わないだろうから。
「お願いします」
わたしは深々と頭を下げた。
読んでいただき、ありがとうございました。
誤字情報をありがとうございます。訂正してあります。




