表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砕け散った初恋の後に、最後の恋をあなたと  作者: 燈華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/85

帰りの馬車の中

リーリエ視点です。

かたかたと石畳を走る音がやけに耳につく。

両親が気遣うような視線をわたしに向けている。


「リーリエ大丈夫かい?」

「大丈夫よ」


微笑(わら)って見せたが弱々しいものになってしまった。

両親の顔が曇る。


今日までに心の整理はだいぶつけてきたのだ。

だから危惧したほどは落ち込んではいない。

さすがに笑顔で受け止めるほどまではできなかったけれど。

両親にはだけれど強がりに映ったようだ。


「無理しなくていいのよ」

「そうだよ。リーリエはノークス殿のことが好きだったのだろう?」


思わず短く息を呑んだ。

やはり、わたしの気持ちは両親に知られていた。


はっきりと確認されたことはなかった。

ただ仲良くしていると聞いてほっとしたような顔をしていた。

わたしの気持ちを知っていたからこそ、うまくいっているようでほっとしたのだろう。


わたしを想ってくれる親心だ。

その親心が嬉しくもあり、この婚約を駄目にした申し訳なさもある。


確かにノークス様が好きだった。

恋をしていた。

でももうそれは終わったことだ。


わたしはゆっくりと首を振った。


「手紙で知らされてから少し時間があったから心の整理をつけられたの」


そう言っても両親の表情は晴れなかった。

どうすれば両親の心配を晴らすことができるだろう?


考えに耽っていると「リーリエ」と硬い声で父に名を呼ばれた。

思考を中断し、父を見る。

父が真剣な顔でわたしを見た。


「リーリエすまない。婚約が解消されたのは私のせいだ」


突然告げられた言葉に驚く。


「え?」


父のせいではない。

わたしが、サージェス様に頼んだからだ。


父のせいではない。

わたしの、せいだ。

わたしが望んだから。


だけれど、そんなことを告げることはできない。


父が硬い声で続ける。


「うちにはほとんど利益が出ない契約を見直してもらおうとしていたんだ。それを恐らく察知して切られたのだろう」

「いえ、お父様の責任ではありませんわ。子爵家の当主として当然なことをしようとなさっただけです。むしろ、気づかなくて申し訳ありません」


本当にわたしは自分のことばかりだ。 

「ですが、ほとんど利益はなかったのですか?」


父は頷いた。


「そうなんだ。だからリーリエには悪いが、私としてはフワル家との事業提携がなくなってよかったと思っているんだ」

「そう、でしたか」


わたしは何も気づいていなかった。

ほとんど利益が出ていないのなら事業提携をしている意味などない。

わたしの気持ちを知っていたから、我慢してくれていたのかもしれない。


「あちらは侯爵家だからね、文句も言えなかった。だから、リーリエが不当に扱われたとしても、庇ってやることもできなかったから縁がなくなってよかったんだ」


母も静かに頷いている。

もしかしたら両親はノークス様の恋人の噂を知っているのかもしれない。

今はまだ水面下での噂だけれど、かなり広まっていっているようなのだ。


わたしが知っているのは、どこにでもいる()()()()()()が教えてくれたからだ。

わたしは別に動じなかった。

いずれ噂になるとは思っていたから。

わたしが動揺も見せなかったから相手はつまらなそうな顔をして立ち去っていった。


そうやってあちこちで囁かれて噂は広がっていっているのだろう。

それがここに来てわたしとの婚約解消だ。

これであの彼女と婚約をするならば、噂は一気に表に出てくるだろう。

わたしの周りも多少はうるさくなるだろうけれど、ノークス様たちの周りはかなりうるさくなるだろう。


ああ、もうノークス様と呼ぶのも駄目よね。

心の中で呼ぶにしてもフワル侯爵令息とお呼びしなくては。

うっかりノークス様と呼んでしまえば、周りにまだ婚約者気取りかと攻撃の理由を与えてしまう。


ここからは慎重に行動しなければならない。

下手な行動はこちらに飛び火してきかねない。

もうフワル家とは関係ない以上巻き込まれるのは回避したい。


そう、もうわたしには関係のないことだ。 

この後、フワル家は少し、揺れるかもしれないが関係ないことなのだ。


噂はノークス様……フワル侯爵令息の浅慮な振る舞いのせいだ。

彼らしくない行動が隙を生んだと言ってもいい。


このまま婚約を続けていれば我が家にも飛び火してきただろう。

両親が縁が切れてよかったと思うのも当然かもしれない。


「そう」


そう返すのがやっとだった。


本当は両親は文句の一つも言ってやりたいと思っていたのかもしれない。

相手が格上であり、共同事業やわたしの婚約のこともあり我慢していたのだろう。


その気持ちだけで嬉しい。

今度こそ想いを捨て去って前に進めそうだ。


「ありがとうございます」


思いの外しっかりとした声が出た。

わたし自身、これで本当に気持ちを切り替えられたのだろう。

父が居住まいを正した。


「それからリーリエ、悪いけど慰謝料は職人たちに渡したい。フワル侯爵家との仕事では随分と無理をさせてしまったし、仕事に対しての支払いとしては不十分だったから」

「……ええ、構いません」


フワル家とのこと、わたしは本当に何も知らなかった。

知ろうとしなかった。

自分のことばかりだった。


「慰謝料のほうはどうか領民のほうに」


それくらいしかわたしには報いることができない。

父がほっとした顔をした。


「ありがとう、リーリエ」


首を振る。

これは当然のことだ。

彼らに当然払われるべき対価なのだから。


「慰謝料が支払われれば完全にフワル家とは縁が切れるわね」


母が何気ない口調で言う。


「そうだな」

「そうね」


わたしは父と共に同意した。

わたしの婚約だけではなく事業提携もなくなったので完全にフワル家とは切れた状態だ。


「だから、もう言ってもいいわ」

「え?」


何を?


「愚痴でも不満でも、今まで家のために飲み込んでいることがあったなら言ってほしいの。悲しかったことやつらかったことでも」


家のために飲み込んだ言葉や感情というものは確かにあった。

だけれど、それは縁が切れたとしても吐き出せるものではないのだ。

死ぬまで心の底に沈めておく。

そう決めていた。


「……いいえ、ないわ」


両親が視線を交わした。

たぶん、察したのだと思う。

無理に聞き出そうとはしないだろう。


「……ノークス様のことは?」


それでも彼のことだけは別だったようだ。


「……もう終わったことよ」


そう、もう終わったことだ。

今更何を言っても仕方ない。

そう、もう今更なのだ。


「リーリエ、もしつらい気持ちを吐き出したければいつでも話は聞くわ」


母が心配そうにそう言ってくれる。


「前にも言ったように私たちはリーリエの味方だ」


父までも気遣うような表情で言い添えた。

やはり無理しているように見えるようだ。


もう何も感じないというのはさすがに無理だが、一応心の区切りはできたと思う。

たぶん。


まだ少しノークス……フワル侯爵令息と彼女が並んでいるところを目にすれば心が痛むかもしれないけれど。

もしかしたら涙をこぼしてしまうこともあるかもしれないけれど。


でも、もうきっと大丈夫だ。


一つ息を吐き、微笑んで告げる。


「先程もお話した通り、心の整理はつけたから、もう大丈夫よ」

「そうか」

「そう」


両親はそれ以上は何も言わなかった。


読んでいただき、ありがとうございました。


リーリエが一部敬語なのは、父親としてではなく当主として会話しているからです。


誤字報告をありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ