友人との邂逅とお互いの近況報告
リーリエ視点です。
ここしばらくお忙しいのか、ノークス様と全く会えない日が続いている。
ノークス様からは忙しくて当分会えそうもないとの手紙も一応もらっている。
嘘か本当かはわからない。
文面からは何も読み取れなかった。
手紙は事務的な内容に、ほんの一行二行わたしを気遣う内容を入れたものだ。
最低限の婚約者としての体裁は整えてある。
ただ、それだけだ。
ほぼ事務的な手紙だ。
前はもう少し温かみがあったように思う。
……恋に浮かれてそう思っただけかもしれないけれど。
しばらく夫人教育も休みにするとフワル侯爵夫人からも連絡があった。
フワル侯爵家のほうで何かあったのかもしれない。
何も知らされていない以上、わたしにそれを知る手段はない。
下手に探って不興を買うわけにもいかない。
父からは何も聞いていないので、恐らくうちとは関係ないことなのだと思う。
さすがにフワル家と何かあるのならば、わたしにも関係があることなので教えてくれると思う。
恐らくは。
それは父を信じるしかない。
ただ、父が厳しい顔をしていることも増えた。
わたしが訊いても「リーリエは気にしなくていいんだよ」と言うばかりで何も教えてはもらえなかった。
漠然とした不安が募る。
わたしの知らないところで何か起きているのだろうか?
わたしもきちんと調べて知っておくべきなのだろうか?
それとも余計なことはしないほうがいいのだろうか?
考えれば考えるほどどうすればいいのかわからない。
わたしはすっかり動けなくなっていた。
ぽっかりと時間の空いてしまったわたしは時間を持てあましてお使いに出る侍女について町まで来ていた。
侍女のお使いは比較的早く済んでしまった。
「お嬢様、どうしますか? 久しぶりにカフェにでも寄っていきますか?」
「そうね、どうしようかしら?」
侍女に応えながらどうしようかと考えていると、
「リーリエ?」
名を呼ばれて振り向く。
「やっぱりリーリエだわ。元気にしていたかしら?」
「ヘレンじゃない。久しぶりね。まさかこんなところで会うなんて思わなかったわ」
久しぶりに会う友人にわたしも思わず声が弾んだ。
彼女は同じ子爵令嬢だ。
領地も比較的近く、幼い頃から親交がある。
「私もよ。時間はある? 久しぶりに話したいわ」
今日わたしは侍女のお使いについてきただけだ。
時間は大丈夫だろうか?
侍女に視線で問うと、笑顔で頷いてくれた。
「大丈夫よ。私も久しぶりにゆっくり話したいわ」
「ふふ、嬉しいわ」
ヘレンは嬉しそうに微笑った。
近くのカフェに入る。
同じテーブルに着くのはヘレンと二人だ。
侍女たちは隣のテーブルに着いている。
今は客はまばらだった。
「リーリエは最近どう? 婚約者の方とはうまくいっている?」
その質問はごく一般的なものなのに答えにくい。
「最近はノークス様がお忙しくてなかなか会えないの」
知らされていることだけを伝える。
「あらそうなの。それは寂しいわね」
「ええ、そうね。でも仕方ないわ」
苦笑する。
言っても仕方ないことなのだと。
「確かにお忙しいなら我が儘は言えないわね」
「ええ」
これ以上深く訊かれたら困る。
さっと話題をヘレンのほうに向ける。
「ヘレンのほうはどうなの?」
ヘレンの婚約者は堅実にも隣の領地の伯爵家の嫡男だ。
幼い頃からお互いの領地を行ったり来たりした仲だという。
わたしも実際にお会いしたことがあるけれど、仲のいい印象だ。
「順調よ」
そう言えるヘレンが羨ましい。
ヘレンの笑顔から見ても嘘ではない。
「仲良くやっているようで安心したわ」
「喧嘩にもならないわ」
「喧嘩にならないならいいじゃない」
ヘレンの婚約者は穏やかな青年だ。
彼とは喧嘩にならないと言われても納得できる。
「それはそうだけど。リーリエは……って、無理、よね」
確かにノークス様とは喧嘩などしたことはない。
身分差を気にして言葉を飲み込むことは確かにある。
だけれど。
ノークス様に怒りを覚えたこともないのだ。
秘密の恋人を作った今でさえ。
悲しみはあっても怒りは何故か浮かんではこなかった。
それまで誠実に向き合ってくれていたからかもしれない。
だから悲しくは思いはしても恨む気持ちが湧いてこないのかもしれない。
「ああ、答えなくていいわ」
気を遣ってヘレンはそう言ってくれる。
下手なことを言ってわたしの立場が悪くなることを危惧してくれたのだろう。
「ノークス様は理不尽なことを要求する方ではないわ」
それだけは伝えておく。
少なくともわたしは理不尽な要求をされたことはなかった。
「そう。ならよかったわ」
ヘレンは本当にほっとした様子だ。
「心配してくれてありがとう。嬉しいわ。でもわたしは大丈夫だから」
「そう。でも何かあったら言ってね。私に何ができるかはわからないけれど、できることを考えるから」
ヘレンからはわたしを案じる心が伝わってくる。
わたしの顔に自然と微笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、ヘレン。とても、嬉しいわ」
「大袈裟よ。あ、でも本気だからね?」
「ええ。ありがとう」
その気持ちが本当に嬉しい。
本当にわたしは、周囲の者に恵まれている。
わたしは久しぶりに憂いを忘れて心の底から楽しい時間を過ごした。
ついつい時間を忘れて話し込んでしまった。
侍女は何も言わなかった。
久しぶりに会う友人と楽しく気兼ねなく話せるように気を遣ってくれた。
わたしが最近元気がなかったのを心配してくれていたのかもしれない。
もしかしたらこのお使いもわたしに気分転換させてくれるつもりもあったのかもしれない。
胸が温かくなる。
本当に周りのみんなには感謝してもしきれない。
読んでいただき、ありがとうございました。