余計なお世話かもしれないが
サージェス視点
「ご、ごめんなさい」
ぽろりと涙をこぼした彼女が慌てて顔を背けた。
涙をこぼした女性を見て見ぬふりをするわけにはいかない。
「いえ。よければこちらを」
そっとハンカチを差し出した。
婚約者のいる身なのでもしかしたら断られるかもしれない。
だけど彼女はぎこちなく唇の端を持ち上げて、
「ありがとうございます」
と言って受け取ってくれて、そっと目尻にハンカチを当てている。
そのままわぁっと泣き出さない姿に好感が持てた。
芯のしっかりした少女なのだろう。
ハンカチを渡した私は、誰かに見られるのはまずいのですぐ近くにあった木の死角になる側の幹に身を預けた。
ハンカチを下ろした彼女は凛とした表情をしていた。
少なくともそう見えるよう努力をしていた。
彼女の婚約者は侯爵家の嫡男だ。
このままいけば彼女は侯爵夫人だ。
つけこまれるようなことは避けなければならない。
弱みなど見せてはならないのだ。
彼女は侯爵夫人になるための勉強を頑張っているのだろう。
まだまだ拙いところはあるが、このまま努力すれば立派な侯爵夫人になれるだろう。
先程、気づかずに彼女を傷つけたあの侯爵令息の妻にーー
「好きだったのですか?」
ぽろりと自分の口からこぼれ落ちた言葉の無神経さに自分で自分を殴りたくなった。
それでも一度出た言葉はなかったことにはできない。
彼女の表情が一瞬崩れ、それでも口許に微笑みを浮かべてみせた。
「初恋、だったのです」
彼女は静かな声で言った。
その感情を鎮めた静かな声にこそ動揺して瞳を揺らしてしまう。
つらいはずだ。
悲しいはずだ。
苦しくて叫びだしたいだろう。
それなのに、それを感じさせない。
先程は涙も流していたのに。
見た目はかよわそうなのに、随分と強い人だ。
無神経なことを訊いたのに詰ったりはしない。
ただただ誠実に答えてくれた。
侯爵夫人になる勉強の成果もあるのだろうが、元々の性格によるものだろう。
根が誠実で穏やかなのだろう。
……あの家に嫁いでやっていけるのか心配になる。
余計なお世話だろうが。
彼女にとっては、今一時言葉を交わしている他人でしかない。
先程は「助けてあげましょうか?」と言ってしまったが、それに対する彼女の返事はなかった。
それが彼女の答えだろう。
彼とはもう関わるつもりはない、と。
だがそれで手を引いていいのだろうか?
いや、手を引くべきだろう。
彼女は婚約しているし、政略結婚の相手でしかないと婚約者の本音を知ってしまったが、邪険に扱われていたり暴力を振るわれているわけではない。
ごく一般的な政略結婚になるだけだ。
それでも躊躇ってしまう。
彼女は自分から、「助けて」とは言えない気がしたから。
読んでいただき、ありがとうございました。