夜会
リーリエ視点です。
今日はとある侯爵家の夜会にノークス様のパートナーとして参加していた。
今わたしは壁際に置かれた椅子に座ってノークス様が踊っているのを見ていた。
ノークス様と踊っているのは、前に町で一緒にいるところを見かけた令嬢だ。
ノークス様はわたしとファーストダンスをした後、しばらくは一緒に挨拶回りをしていた。
あらかたの挨拶回りを終えたところでノークス様は、疲れただろう、少し休んでおいで、とわたしを椅子に座らせ、りんごジュースの入ったグラスを渡してお一人で戻っていかれた。
端から見れば婚約者を気遣っての行動に映るだろう。
だけれど、そうでないことはわたしにはわかった。
わたしがいると困るから休ませただけ。
表立っては邪険にできないから、気を遣って休ませたふりをして置いていったのだ。
恋に浮かれていた時のわたしだったらノークス様のそんな表面上の気遣いに嬉しくなっていただろう。
今はノークス様の行動の意味がわかってしまう。
喜ばしいことではあるのだろう。
勘違いしないで済む。
それに、ノークス様の補佐をするのにも役に立つ。
そんなふうに考えてしまうのは現実逃避だろうか。
社交の一環として彼女以外にもノークス様は何人もの女性と踊っていた。
だけれど本命は今踊っている彼女だ。
恐らく、ノークス様の恋人なのだろう。
二人とも楽しそうに踊っている。
見る人が見れば、二人の関係がわかるのではないかと思う。
それくらいお互いしか見ていないような様子だ。
ノークス様はわたしの存在を忘れているのでは、とすら思ってしまう。
普段のノークス様なら気取られるようなことはなさらないだろう。
それがあからさまではないにしろ、鋭い人には悟られそうな姿を晒している。
普段のノークス様からは考えられないことだ。
恋とはそこまで人を愚かにするものなのだ。
よく見れば、彼女の髪を飾る黄色味の強い金色のリボンはノークス様の瞳の色だ。
思い返す必要もなくノークス様のネクタイピンに使われていた宝石はノークス様の瞳の色であるシトリンと、彼女の瞳の色に似ているブルーダイヤモンドが寄り添うようにつけられていた。
密かな色合わせ。
気づかれないと思っているのだろうか?
わたしが、気づかないと、思ったのだろうか?
それとも気づいても構わないと思ったのか?
どちらにせよ、わたしは軽んじられている。
そういうことだろう。
普通なら、怒るところなのだろう。
だけれど、不思議と怒りは湧いてこなかった。
ただ舞台を見るように二人を見ていた。
現実感がない。
意識はふわふわとしている。
ああ、これは。
見ている現実を拒否したいという防衛反応なのだろう。
だから何も感じていないような気がしているのだ。
実際は痛みも怒りも悔しさも何もかもを感じながらも麻痺したように知覚できていないだけだ。
サージェス様がおっしゃっていた"つらい想いをさせる"というのはこういうことなのだろう。
わかっているつもりでわかっていなかった。
心が軋む。
捨てたはずの恋心が、しくしくと泣いている。
もしここが人の目の多い場所でなければ、涙が一筋こぼれ落ちていたかもしれない。
だけれどここには人目がある。
わたしは静かに微笑んでノークス様たちを見ていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




