まだ大丈夫
リーリエ視点です。
「リーリエ様、大丈夫ですか?」
今日はグレイス様にお茶会に招待されてトワイト家に来ていた。
お茶会はグレイス様と二人きりだった。
いつものように招待されて来てみれば今日は他には誰も招いていないと知らされたのだ。
恐らく、グレイス様は状況を把握しており、わたしを心配してこのようなお茶会を開いてくれたのだろう。
わたしは力なく微笑む。
「大丈夫、ですわ」
グレイス様の顔が曇る。
完全には取り繕えていないことはわかっている。
それでも、まだ大丈夫だ。
まだグレイス様のお手を煩わせるほどのことではない。
「無理をなさる必要はありませんわ」
「ありがとうございます」
その言葉だけで十分だ。
まだ頑張れる。
大丈夫。
もう一度微笑んでみるもグレイス様の顔は曇ったままだ。
少し考える様子を見せたグレイス様がさっと手を振り、侍女を下がらせた。
人の目があるから吐き出せないのだと思われたのかもしれない。
「リーリエ様、つらい気持ちはお一人で抱え込んではいけません」
「大丈夫です。覚悟していた、ことですから」
そう。今は不意打ちを食らった状態だから動揺してしまっただけ。
ただそれだけだ。
だから大丈夫。
大丈夫な、はずだ。
「リーリエ様」
真剣な声で名を呼ばれる。
いつの間にかうつむけてしまった顔を上げる。
グレイスは口許には微笑みを湛えていたが、咎めるような瞳をしていた。
「おつらかったからお話しくださると約束致しましたよね?」
できる限り、とは告げたが約束したわけではなかったはずだ。
それがいつの間にかグレイス様の中では約束したことになっている。
「お約束、しましたよね?」
圧を感じる。
さすが侯爵令嬢だ。
思わず屈してしまいそうになる。
だけれどここで屈するわけにはいかない。
侯爵夫人として立つのであればこれくらいの圧に屈するようだと話にならないだろう。
「……本当にリーリエ様は優秀ですね」
わたしは首を傾げた。
優秀というほどではない。
侯爵夫人に立つならそれくらいはできなければならないというだけだ。
できるできないではなく、やらなければならないのだ。
「リーリエ様が御自分を過小評価なさるのはフワル侯爵夫人の教育の賜物でしょうね」
グレイス様が口の中で呟いたがわたしにはよく聞こえなかった。
これは訊いてもいいことなのだろうか?
グレイス様が小さく頭を振る。
わたしの思考を読んだわけではないだろうが、訊かないほうがよさそうだ。
グレイス様が真剣な顔でわたしを見据えた。
「これは友人としての気持ちですが、」
友人と思ってくださっているとは、背筋の伸びる思いだ。
「はい」
「つらいお気持ちを吐き出してください」
わたしは曖昧に微笑んだ。
グレイス様の眉根が寄る。
「吐き出すことで楽になることもありますわ。溜め込んではいけません」
グレイス様の気持ちは本当に有り難い。
でも本当にそこまでではないのだ。
「勿論誰彼となく話せることではありませんが、わたくしは事情を知っているのですから。口外はしないと約束しますわ」
確かにこんなこと誰彼となく話すことはできない。
決して外に出してはならない話だ。
漏れた時点でノークス様に切り捨てられかねない。
事情を知っているグレイス様はその点では信用できる。
グレイス様はこの件でわたしの不利になることはなさらないだろう。
だけれど、わたしは何も言うつもりはない。
まだ、吐き出さずとも大丈夫だ。
「本当に大丈夫です。不意を突かれて驚いてしまったのです」
「リーリエ様……」
「本当にそれだけですわ」
次はきっと大丈夫だ。
だってもう知ってしまっている。
これ以上衝撃を受けるようなことは何もないはずだ。
そのはずだ。
二人のどんな光景を見ても動揺しないはずだ。
大丈夫。
きっと大丈夫。
じっとわたしを見ていたグレイス様が溜め息をつくようにして言った。
「わかりました。今は何も聞きません」
「ありがとうございます」
ほっとする。
追及され続ければぽろりと喋ってしまっていたかもしれない。
一つぽろりとこぼしてしまえば、次から次へとあふれ出してしまうかもしれない。
それは困る。
本当に困るのだ。
一度あふれてしまえばーー
「ですがリーリエ様、」
グレイス様の声に意識が引き戻される。
「再度お約束いただけますか? おつらい時はわたくしにお話しくださると」
グレイス様は真剣なお顔だ。
前回はできる限り、と言って逃げられたが、今回は無理なようだ。
それに、グレイス様は本気でわたしのことを心配してくれている。
その気持ちを無下にはできない。
「わかりました。お約束します」
「力になりますから、お一人で抱え込んだりなさらないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
わたしはグレイス様に深々と頭を下げた。
読んでいただき、ありがとうございました。




