わかっていたのに覚悟ができていなかった現実
リーリエ視点です。
その日はたまたま町に出ていた。
子爵令嬢であるわたしは、買い物のために町に出ることはままあった。
むしろ屋敷に商人を呼んで、ということのほうが少ない。
ノークス様に嫁いだ後はこのように町に買い物に出ることはほとんどなくなるのだろう。
嫁いだら、の話だけれど。
馴染みの小物を扱う店で買い物を済ませて、さて帰ろうか、それともカフェで一休憩してから帰ろうかと考えながら店を出た。
何気なく視線を巡らせた時に、少し離れたところに見知った姿を見つけた。
あれは、ノークス様?
目を凝らす。
やはりノークス様だ。
わたしが、ノークス様を見誤るはずがない。
皮肉なことにそれだけ見つめていたのだ。
だから見間違いよね、と都合よく思うこともできなかった。
ああ、なるほど。
声を伴わずに呟く。
前回のお茶会でノークス様の様子が変だったのは、そういうことだったのだ。
ノークス様は御一人ではなかった。
わたしと同じくらいの年齢のご令嬢を伴っている。
彼女の腕はノークス様の腕に添えられているのではなく、しっかりと組んでいた。
それでも距離感はエスコートの範囲内に収まっている。
これなら誰が見ていても知り合いをエスコートしていただけだと言えるだろう。
だけれど、二人の雰囲気がそれ以上の親密さを伝えていた。
サージェス様はきちんと動いてくださっていたのだ。
言うだけ言って何もしない方ではない。
先日、話をしてくれた段階である程度の準備も終えていたようだった。
あの後すぐに動いてくれたのだろう。
いつこのような光景に遭遇してもおかしくはなかった。
わたしが呑気過ぎたのだ。
だから不意打ちで何の覚悟もなく遭遇してしまったのだ。
ノークス様はわたしに気づかない。
その視線は隣で腕を組んでいるご令嬢にだけ向けられている。
わたしは、あんなノークス様の表情を見たことがないわ。
ご令嬢を見ているノークス様の表情はとても柔らかい。
わたしには、一度も向けられなかった表情。
それを隣のご令嬢は当たり前のように受け取っている。
ああ、本当にノークス様はわたしに欠片も興味がなかったのだな、と思う。
本当に、欠片もーー。
もっと胸が痛くなると思っていた。
でも不思議とそれほど痛くない。
その痛みもどこか遠く感じる。
まるで感情が抜け落ちているかのようだ。
涙の一滴もこぼれない。
心は乾いたまま。
いつかぱりんとーー
「お嬢様? いかがされましたか?」
支払いを終えて出てきた侍女が訝しげに声をかけてきてはっと我に返った。
「いいえ、何でもないわ。帰りましょう」
カフェに寄る気力などすっかりなくなってしまった。
気づかれないうちに侍女を連れてそっとその場を離れた。
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