それなら私は全力で
サージェス視点です。
「試すだけ試してみませんか?」
その言葉に頷いてくれてほっとする。
あくまでもリーリエ嬢の意志が優先だったから断られたらこれ以上手を差し伸べることはできなかった。
「わかりました。ですが、たとえノークス様が誰かと恋仲になったとしてもわたしとの婚約を優先するのであれば、わたしはそのまま嫁ぎます」
それだけは譲れなかったのだろう。
責任感の強い彼女らしい。
だとしたら私は愛人にはできないような家の令嬢と引き合わせることにしよう。
リーリエ嬢と結婚して恋人は愛人に、とでもなれば結局リーリエ嬢が苦しむことになる。
リーリエ嬢には苦しんでほしくない。
幸せになってほしい。
だからこそ。
「全力を尽くします」
逡巡した後にリーリエ嬢は「ありがとうございます」と、恐らく私の気持ちを汲んでくれたのだろう。
つらい想いはさせたくない。
それは本心だ。
だがーー。
ぽろりと言葉がこぼれてしまった。
「きっとつらい想いをさせてしまいます」
どうしてもつらい想いをさせてしまうのは避けられない。
リーリエ嬢がノークスを想っている限りは。
「大丈夫です」
そう告げる瞳には覚悟と強さがあった。
彼女も考えなしに受け入れてくれたわけではない。
「無理だけはしないでくださいね」
それでもそう告げてしまう。
「ありがとうございます」
「リーリエ様、もしおつらいことがありましたら、わたくしにお話しくださいね」
リーリエ嬢は「できるだけ」と答えて言質を取らせなかった。
慎重な彼女らしい。
グレイスが支えてくれるかという安堵と希望があったのは否定できない。
それを彼女自身が事実上保留にしてしまった。
まあグレイスならリーリエ嬢を気遣ってうまくやるだろう。
少しだけ、グレイスの後押しもしておこう。
「あとはお任せくださいね。もしどうしても言いたいことや訊きたいことがあればグレイスに言付けてください」
たぶん迷惑になるのでは、と躊躇ったのだろう。
窺うようにグレイスを見て笑顔で頷いたのを見てようやく大丈夫だと思ったようだ。
「わかりました」
「遠慮はなしですよ?」
「はい」
こちらには頷いてくれたのでほっとする。
これでそれを足がかりにグレイスはリーリエ嬢に声をかけるだろう。
私が直接するわけにはいかないので、リーリエ嬢の心の支えはグレイスに任せる。
私は私にできることをやるだけだ。
心の中で決意を込めてしっかりと頷く。
それから最後に、と口を開いた。
「それと、後々の不信感に繋がらないように伝えておきますが、ユフィニー嬢の新しい婚約者候補には私も入っていますので」
これだけは伝えておかなければこの先の信用に関わる。
彼女はよほど驚いたのか、取り繕うことのない表情を見せていた。
「お兄様?」
問うようにグレイスに呼びかけられた。
視線でグレイスを制する。
聞きたいなら教えるが、それはリーリエ嬢が帰った後だ。
彼女に聞かせれば決定事項だと思われかねない。
しっかりと伝わったのだろう、グレイスは訊いてくることはなかった。
ほっとしたところでリーリエ嬢と目が合う。
あまり深刻に取られないようにと軽く微笑う。
「あくまでも候補ですよ」
一応強調しておく。
「わたしなんかよりもっといい候補がいるのではありませんか?」
自分は相応しくないと遠回しに断ってきている。
「残念ですが、いないのですよ」
事実だ。
いれば顔合わせして婚約を結んでいるところだ。
候補は何人かいたが婚約までは至らなかった。
「ですが、何の利もないでしょう?」
「そんなことはありませんよ。ユフィニー家と提携すれば事業が興せますし、私自身もそろそろいい加減婚約者を決めなければなりませんから」
ちょうどいいーーとは言えなかった。
その言葉は彼女を傷つける。
さすがにそれくらいはわかったし、そこまで無神経にはなれない。
ノークスが言っていたこの言葉を彼女は聞いてしまったのだ。
あの時、彼女はうずくまって泣いていた。
実際に流れたのが一雫だったとしても、心は傷つき涙を流していた。
そんな言葉を使うわけにはいかない。
彼女を傷つけるつもりはないのだ。
私は敢えて眉尻を少し下げた。
「お嫌、ですか?」
卑怯な言い方だとはわかっている。
だが今候補として認めると言質をもらいたかった。
「……わたしに否やはございません」
その言葉に思わず微笑んでいた。
嫌だとしても嫌とは言わないだろうとはわかっていても微笑むのは止められなかった。
辞退するような言葉を言われる前にこのまままとめてしまおう。
頷きやすいであろう言葉を口にする。
「よかったです。あくまでも候補ですし、考えておいてくださいね」
案の定、リーリエ嬢は頷いてくれる。
まあ、本当に候補でしかない。
あくまでもリーリエ嬢とユフィニー家次第だ。
リーリエ嬢とユフィニー家が否だと言えば、別の候補者を紹介するだけだ。
禍根を残すこともない。
「一つだけ、」
彼女は不要と言うかもしれないが、どうしても言いたかった。
「貴女を余計に傷つけてしまうことを先に謝っておきます」
「大丈夫です。優しい方ですね」
「そんなことを言う者はあまりいませんね」
そんなことを言われたことは人生の中でほとんどない。
彼女は不思議そうな顔をした。
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