慎重に様子を見ていれば
サージェス視点です。
慎重にリーリエ嬢の様子を見ていた。
だからこそ気づけたことがある。
彼女の中に不安があり、心が揺れていることだ。
男爵家に令嬢がいないのかと訊いてきた時は不安が見え隠れしていた。
リーリエ嬢の不安は予想がつけられる。
先程私がノークスが恋に落ちた時の話をしていたから連想が働いたのではないかと思う。
それに痛みを堪えるような表情も一瞬だけしていた。
恐らくノークスのことを想ってだろう。
リーリエ嬢は上手く隠していたが、注意深く見ていたので気づけた。
グレイスには気づいた様子はなかったが。
彼女は、意外と、といったら失礼かもしれないが感情を隠すのがうまい。
ちょっとした感情のほうは出るからか、逆に隠そうとした感情のほうは綺麗に隠してしまえるようだ。
ちょっとした感情が表に出るので安心してしまう。
わざと見せているわけではなさそうだが。
それを意識してやれるようになると相対するには怖い人物に成り得る。
それをこそフワル侯爵夫人は望んでいるのかもしれない、とふと思う。
そうすればフワル侯爵家にも利する。
嫁いでくる以上は家に利するのは当然だ。
そのためにリーリエ嬢にそのような教育を施すのは当然のことだ。
そう考えてもおかしくはない。
思わず眉をひそめてしまいそうになるが、他家の教育に口を挟む権利はない。
会話は続いていく。
リーリエ嬢の表情にわずかに陰りが出る。
彼女が表情を曇らせる時はノークスのことを考えている時だろう。
今この時に表情を陰らせる理由はそれしか思い当たらない。
つらい想いから少しでも気を逸らしてほしい。
そう思い、微笑んで告げた。
「ユフィニー家への提携の方は安心してくださいね」
その言葉だけでは安心してもらえなかったようなのでさらに言葉を重ねる。
「ユフィニー領の領民の技術を欲しがる家はいくらでもあるのですよ」
そう言えばリーリエ嬢の表情が綻んだ。
家の話になると誇らしげにしていたのが微笑ましい。
きっと領民との距離が近いのだろう。
下位貴族では珍しいことではない。
この国では爵位により領地の広さが決まる。
子爵家くらいの領地の広さであれは、領主一家と領民一丸となって領を盛り上げようとするのは普通のことだ。
だから尚のことフワル家との契約内容を知れば苦悩するだろう。
だがやはりそれは部外者である私が告げるべきではない。
幸い告げなくとも何とかなりそうだ。
恐らく、あと一押しだ。
あと一押しで天秤は傾く。
私はさも当然という態度で口を開く。
「ユフィニー家にはグレイスとの縁もありますから直接話を持っていくことができます」
婚約解消を前提とした言葉だ。
「まあ、それはよかったですわ」
グレイスも話に乗り、リーリエ嬢からも否定する言葉は出なかった。
いい感じだ。
グレイスが個人的に縁を繋いでくれていたから直接紹介することもできる。
初めは黙ってリーリエ嬢に接触したことに苛立ちを覚えたが、今となってはグレイスに感謝している。
「ですからどのような家がよいか要望があれば遠慮なくおっしゃってください」
と告げたのは割と本気だったのだが、曖昧な微笑みで躱されてしまった。
お礼を言われただけで言質は取れなかった。
さすがに父であるユフィニー子爵に相談しなければ何も言えないことはわかっている。
わかっているが、リーリエ嬢の性格を考える限り、そもそも要望があっても言い出せないような気がする。
グレイスの申し出もお礼を言うだけに留めていた。
慎重な彼女らしい。
だから多少強引になっても彼女の要望はこちらから聞き出さないと教えてはもらえないだろう。
リーリエ嬢を不幸にしないためにも彼女の気持ちを無視するわけにはいかない。
それではノークスと同じになってしまう。
それでは、駄目だ。
ノークスのことを思い出したので一言言っておかなければならないことを伝えておく。
「ただノークス殿のほうは直接紹介することはできません」
これには当然という顔で頷いていた。
理解が早くていい。
グレイスも当然と思っているのだろう、特に何も言わなかった。
リーリエ嬢がふと意識を会話から逸らし、考え込んでいる様子を見せた。
またノークスのことでも考えているのだろうか?
やはり割り切るつもりでも、心はなかなかそう単純にはいかないのだろう。
グレイスの話を聞いて羨ましそうな様子も一瞬だけ見せていた。
婚約者との関係の良好さを羨んだのだろう。
グレイスの言動の端々から良好な関係だと読み取ったのだろう。
実際にグレイスと婚約者の仲は良好だ。
提携している事業も順調なのでこのまま結婚まで進むだろう。
グレイスが不幸にならないのならサージェスは思うところはない。
不幸でないなら自分で幸せになれるのがグレイスだ。
何も心配はいらない。
そう、グレイスのことは何も心配いらないのだ。
心配なのはむしろーー。
リーリエ嬢は自分とノークスとの関係を顧みて苦い気持ちを抱えたに違いない。
私は気づかないふりをしてグレイスと会話を交わしていたが。
私なら……
思いかけて我に返る。
私は一体何を考えていた?
その先を考えることは、と自分を戒めかけたところで父の言葉がふと甦った。
『もし、彼女に新しい婚約者が必要ならサージェスが名乗り出ても構わない』
父の許可は出ているということだ。
ならば躊躇うことはない。
読んでいただき、ありがとうございました。




