それでも一つだけ決めていること
リーリエ視点です。
「リーリエ様のフワル侯爵令息の評価はわかりましたので話を元に戻しましょう」
そうグレイス様が言ってくださり、ほっとした。
サージェス様は何か考えておられたようだったけど、わたしは何かまずい発言をしたのだろうか?
それともわたしの話をもとに今後どう動くかを考えていたのだろうか?
わからないから不安だった。
だからといって探るように見るわけにはいかない。
その不安にグレイス様は気づいていらっしゃったのかもしれない。
本当に今ここにグレイス様がいてくださってよかった。
もちろん婚約者のいる身でサージェス様と二人きりというのはあり得ない話ではあるけれど。
サージェス様が頷き、話を戻した。
「すいません。すっかり本題から逸れてしまいましたね」
「いえ」
短く応じる。
だけれど、どこから話を戻せばいいのか、と困ってしまう。
サージェス様は次のわたしの質問を待つかのようにわたしを見ている。
わたしから話し始めなければ。
どのような話をしていたのだったか記憶を遡らせる。
何を訊いたらいいのかしら?
頭の中を整理している間にグレイス様が口を開いた。
「お相手の女性の目星はついておりますの?」
これはたぶんわたしからは訊きにくいからグレイス様が訊いてくださったのだろう。
「それはまだ具体的には。ただユフィニー家の代わりの家のほうは目星をつけてあります」
「その相手のご令嬢の家ではなくてよいということですか?」
「そのほうが見つけやすいと思います。ユフィニー家の代わりの家は男爵家なのでより乗り換えやすいと思いますよ」
子爵家よりは男爵家のほうが扱いやすい、ということだろうか?
確かに侯爵家と男爵家だと天と地ほどの差がある。
逆らうことなど難しいだろう。
ふと気になって訊く。
「その男爵家にはご令嬢はいらっしゃらないのですか?」
いたらその男爵家の令嬢が婚約者になるということも考えられる。
ユフィニー家との提携はそのままで、使い勝手のいい男爵家とも提携するためにわたしとの婚約を解消してその令嬢と婚約するということもあり得る。
恋と家ならノークス様は家を取られるだろうから。
それに。
単純にその男爵家の令嬢と恋仲になることさえ考えられるのだ。
先程の話を踏まえれば、だけれど。
また胸がつきんと痛む。
「いませんでした。あの家は令息だけです」
「そうなのですね」
「それは安心ですわね、リーリエ様」
グレイス様はどこまでわたしの思考をお見通しなのだろうか。
「え、ええ。そうですね」
「リーリエ様の二の舞になるようでしたら意味はないですもの」
今回の件、グレイス様が動いてくださったのは義憤にかられて、のようだ。
わたしのことは婚約者に愛されていない令嬢、と憐れみを覚えたのかもしれない。
だからこそ優しく接してくださったのだ。
すとんと納得できた。
きっと、グレイス様は婚約者の方と良好な関係を築いておられるのだろう。
羨ましい。
ぽろりと心の中で本音がこぼれた。
声にまで出ていなくてほっとする。
心の中で呟いただけだから問題ないだろう。
わたしもできればノークス様とそのような関係を築きたかった。
築いている、と思っていた。
すべてはわたしの勘違いだったけれど。
今思い出しても恥ずかしい。
でもその感情を出すわけにはいかない。
今はサージェス様たちとの会話に集中しなければ。
幸いにもお二人には気づかれなかったようだ。
「そのあたりはしっかりと考えて探しました」
「さすがお兄様ですわ」
「それくらいは当然でしょう」
そうよね。
サージェス様はその辺りはきちんとしているだろう。
そんなことを考えているとサージェス様に微笑みかけられた。
「ユフィニー家への提携の方は安心してくださいね」
心配していると思ったのだろうか?
それとも不安そうに見えたのかしら?
どうやらサージェス様はわたしを安心させるために微笑みかけてくださったようだ。
「あ、ありがとうございます」
サージェス様の微笑みが深くなる。
「ユフィニー領の領民の技術を欲しがる家はいくらでもあるのですよ」
それは、誇らしい。
それは領民が技術を取得し、誠実に仕事をしてきたからこその評価だろう。
ユフィニー子爵領はそれほど広いわけではなく、幼い頃からリーリエは父に連れられて領地内を回っていた。
当然領民との交流もある。
子爵家は貴族とはいえ下位貴族なので領民との距離は近いのだ。
知らず知らず顔が綻んでいた。
「ユフィニー家にはグレイスとの縁もありますから直接話を持っていくことができます」
「まあ、それはよかったですわ」
グレイス様は笑顔だ。
思わぬところでグレイス様との縁が活きた形になる。
サージェス様も笑顔で頷いて続ける。
「ですからどのような家がよいか要望があれば遠慮なくおっしゃってください」
それは父に相談しなければ何も言えないが、今のところ父に相談できるはずがない。
「はい。ありがとうございます」
無難に応じておく。
本当に伝えられるかどうか、それすらもわからない状況だ。
サージェス様が小さく頷く。
「わたくしでよければ相談に乗りますわ」
グレイス様が励ましてくれるように言った。
「……ありがとうございます」
曖昧に微笑んでお礼だけは告げておく。
その気持ちだけ受け取ればそれでいい。
本当にそうするかはまた別のことだ。
少しだけサージェス様の眉が下がる。
「ただノークス殿のほうは直接紹介することはできません」
わたしはこくりと頷いた。
それは当然だ。
いきなりサージェス様がそんなことをしたらノークス様は訝しみ、警戒するだろう。
警戒すればノークス様のこと、徹底的に調べるだろう。
それではサージェス様やトワイト家に迷惑がかかってしまう。
それは駄目だ。
それだけは避けなければならない。
サージェス様は本当にただの厚意で手を差し伸べてくださったのだから。
もしそうなってしまった場合はすべてわたしが悪いのだと、正直にノークス様にわたしの気持ちを打ち明けよう。
その結果、ノークス様に軽蔑されたとしても。
それだけは絶対だと心に決めた。
読んでいただき、ありがとうございました。




