わたしから見た婚約者の姿
リーリエ視点です。
「ユフィニー嬢から見てノークス殿はどんな人物ですか?」
まさかそんなことを訊かれるとは思っていなかった。
思わずきょとんとしてしまった。
「お兄様?」
グレイス様も訝しげだ。
「いえ、ユフィニー嬢から見たノークス殿の人となりを知りたいと思いまして。私から見たノークス殿と婚約者であるユフィニー嬢から見たノークス殿は違うということに気づいたので」
「言われれば、そうですね」
わたしから見たノークス様とサージェス様やグレイス様から見たノークス様はきっと違うだろう。
だけれど、改めてノークス様の人となりを訊かれると考えてしまう。
「はい。ですからお聞かせいただけたらと」
一つ頷く。
「そうですね、」
考えながら口を開く。
「まずは笑顔が素敵です」
ぽろりと出たのはわたしが恋に落ちた理由だった。
そのようなところから話し始めると思ってはいなかったのだろう。サージェス様もグレイス様も戸惑った様子を見せた。
「ご、ごめんなさい。性格的なことですよね」
「あ、いえ。ユフィニー嬢はノークス殿の笑顔が好きなのですか?」
「お兄様、直球過ぎますわ」
グレイス様は一応窘めてはいるが、サージェス様と同意見なのだろう。
「いえ、その通りです」
言葉にすると照れる。
わたしは思わずはにかんだ。
サージェス様とグレイス様にじっも見られる。
そんなふうにじっと見られると居心地が悪い。
すっと笑みを貴族的なものに切り替える。
必要なのはノークス様の好きなところではなく、ノークス様がどんな方かということだ。
先程の発言を思い出した。それをそのまま告げる。
「ノークス様は感情的になることはありません」
不快げに眉根を寄せることはあっても、感情的に怒鳴っているところは見たことがない。
眉根を寄せて不快感を示すのは貴族男性の常套手段だ。
貴族は感情を表に出さないものと言われているが、手段として敢えて出すこともある。
心当たりがあるのか、サージェス様もグレイス様も頷いた。
恐らくお二人もそうなのだろう。
感情に任せて怒鳴っているところなど想像がつかない。
「いつも落ち着いていて冷静に判断して行動されています」
わたしも本当はそうでなければならないのだけれど、なかなかできない。
せめてどんな時でも動揺などを外に出さないようにしないと。
今日のようでは駄目なのだ。
それについてはしっかり反省して次は失敗しないようにしないと。
だけれど、その反省は今することではない。
今することはノークス様がどんな方かをお二人に話すことだ。
意識を切り替えて続ける。
「婚約者であるわたしのことも尊重してくれます」
下位貴族だからと傲慢な振る舞いをされることはなかった。
高位貴族と下位貴族の婚約だと高位貴族が婚約者に横暴な態度を取ることがあるとはよく聞く話である。
だけどノークス様は一度だってわたしを見下すような態度を取ったことはない。
それどころか、事あるごとに褒めてくれる。
一緒にいる時は穏やかな微笑みを浮かべていることも多い。
だから、勘違いした。
胸がつきんと痛む。
そのうぬぼれが、恥ずかしい。
心の痛みと恥ずかしさで感情が乱れかける。
慌ててその感情に蓋をした。
今漏らすわけにはいかない。
取り乱した様子を見せるわけにもいかない。
言葉を重ねる。
「少なくとも見下されたり、横暴な態度を取られたことはありません」
「そのあたりはさすがですね」
グレイス様がおっしゃったけれどどういう意味だろう?
たぶん疑問がそのまま顔に出てしまったのだと思う。
「高位貴族がどういうものかしっかりとわかっている、ということですわ」
「ノークス殿のその態度は本来あるべき高位貴族の姿です」
グレイス様の言葉にすぐさまサージェス様が補足してくれる。
「本来あるべき、姿……?」
そんなことを考えたことはなかった。
「はい。そうでない者も残念ながら散見されますが」
ノークス様の態度が本来あるべき姿を具現化しているならば、確かにそうでない高位貴族の方々もいる。
わたしは思わず頷いてしまった。
頷いてからはっとする。
ここは曖昧な微笑みを浮かべて流すべきところだった。
だけれど、サージェス様もグレイス様もわたしを咎めなかった。
それどころか同じように頷いて困ったものだ、というような表情すら浮かべている。
きっとわたしに配慮してくれているのだろう。
「同じ高位貴族として恥ずかしい限りです」
高位貴族としての自覚と矜持があるからこそそう思うのだろう。
わたしも心に刻んでおかなければ。
いずれ侯爵夫人になるのだから、高位貴族のあるべき姿は、わたしの目標にすべきことだ。
そうでなければノークス様の足を引っ張ることになりかねない。
それだけは避けなければ。
目標とすべきはノークス様の姿、それにグレイス様の姿だ。
今はまだ全然及ばない。
頑張らねば。
心の中で決意も新たに頷く。
「ユフィニー嬢は大丈夫そうですね」
グレイス様も頷いている。
少なくとも及第点はいただいているようだ。
それでもわたしなんか全然及ばない。
失望されていないことに密かにほっとする。
そんなわたしの心情がわかっているかのようにお二人は優しい眼差しだ。
無言で軽く頭を下げた。
ふと気づいたというようにグレイス様が口を開いた。
「優しい、とは言われませんのね?」
顔を上げる。
たぶんグレイス様は単純に疑問に思われたのだろう。
ノークス様はよくも悪くも高位貴族だ。
その思考は独善的なことがある。
酷薄とも呼べることさえ。
決して優しいだけの人ではない。
「そうですね。優しい、というより穏やかなんだと思います」
声を荒らげたりしないノークス様はきっと穏やかなのだろう。
「そういうお考えなのですね」
グレイス様は変な言い方をなさった。
グレイス様にとっては違うのだろうか?
でも訊けない。
何故かグレイス様の微笑みに訊いてはいけないと感じる。
わたしはただ無言で頷いた。
読んでいただき、ありがとうございました。




