恐らく今のわたしに必要な時間
リーリエ視点です。
今日は迎えに来てくれた折にノークス様は薔薇の花束を持ってきてくださった。
わたしはうまく微笑って受け取れただろうか?
特に何も言われなかったので大丈夫だとは思うけれど。
その薔薇は侍女に預けておいたけれど、しっかりと部屋の花瓶に活けてあった。
今夜もそっと目を逸らす。
いつか、この薔薇にも何も感じずに見ることができるようになるのだろうか?
そんな日が早く来ればいいのに、と思う。
それはつまり、恋心を捨てられたということだから。
つきりと胸が痛んだけれど、気のせいということにする。
そうしないと、つらい。
ふるりと軽く頭を振る。
思考を切り替えて昼間のことを思い返す。
今日のガーデンパーティーは概ね及第点だったのではないかと思う。
ノークス様からも「よくやった」とお褒めの言葉をいただいた。
それに、ほっとしつつ、少し誇らしかった。
恋心の全てがそちらの、役に立てて嬉しいというものに移行してくれれば楽になれるのに、と思う。
そうすればノークス様と程よい距離感でいい関係が築けるだろう。
早くそんな日が来るといい。
意識を切り替えるために一つ深く呼吸をする。
それにしても、と思い返す。
まさかグレイス様に会うとは思っておらずびっくりした。
後から考えたら招待されていても不思議ではなかった。
想定していなかったわたしがまだ未熟なのだ。
何とか平静を装って挨拶できてほっとした。
付き合いがあったかノークス様に確認されて密かにどきりとした。
付き合いなどない家だ。
追及されて躱せるだろうか、という不安もあった。
栞を拾っていただいたのだと、嘘だけど建前上は本当のことを話した。
グレイス様も加勢してくださった。
幸いにも信じてもらえたようでほっとしたところでさらりと落とされた言葉に反応を示さなかった自分を褒めてもいいと思う。
その時まで訊かれもしなかったのでまったく気づいていなかった。
まさかノークス様にトワイト家を訪問したことも知られていたなんて。
ユフィニー家の馬車、と言っていたからわたしが訪問したことを知っていたとは限らないけれど。
驚きを外に出さないだけで精一杯だった。
咎められるかもしれないと心の中で身構えた。
その時も、帰りの馬車でも特にノークス様から咎められることはなかった。
トワイト家は敵対している家ではないからだと思う。
さらにグレイス様からまたお茶会をしましょう、と誘われて驚いた。
もうグレイス様との縁は切れたものだと思っていたのだけれど。
彼女はそれでも縁を繋ごうと考えてくださったらしい。
何故そこまで、と思わないでもない。
彼女と会ったのは一度だけ。
その一度でそれほどまでに気に入られたとは思えない。
サージェス様のため、ということなのだろう。
何とも兄想いの方だ。
そうでなければわたしを屋敷に招いてどんな人物か見定めようとはしないか。
サージェス様の希望は関係なく利用しようと判断して二度と近づくなと警告したほうが早い。
わざわざ労力と時間を割いてまで見極めようとはしないはずだ。
兄想いでなければできないことだった。
グレイス様とさらに交流できるかどうかはノークス様に許可をもらわなければ難しかった。
ノークス様が駄目だと示せば駄目なのだ。
わたしはいずれフワル侯爵家に嫁ぐ身なのでフワル家の意向には従わなければならない。
ノークス様は快くグレイス様との交流を認めてくださった。
だけれどあくまでもグレイス様とだ。
サージェス様とではない。
そう、サージェス様との縁は切れたままだ。
それでいい。
わたしには婚約者がいるのだ。
他の男性と親しくなるわけにはいかない。
それに、サージェス様に迷惑をかけたくはなかった。
そういえば、ノークス様はサージェス様が屋敷内にいたかどうかを気にされていたけれど、何だったのかしら?
サージェス様と不仲だとは聞いていない。
だとしたら、体裁のためかしら?
婚約者が万が一にでも他の男と会っていたとしたら体裁が悪い。
うん、きっとそういうことだろう。
最近、こうやって昼間のことを思い出して考えることが増えた。
悩んでいる、というのもあるのだろう。
自分の感情を整理しているという一面もある。
きっと今のわたしには必要なことなのだろう。
少しずつ、本当に少しずつ、ノークス様への気持ちを整理できているような、気がする。
あとは客観的に判断できるようになってきたと思う。
いかに恋に目が眩んでいたのかわかる。
本当に穴を掘って埋まってしまいたい。
だけれど、少し距離を取ることによって見えてきたこともある。
だからこれはきっと必要なことだったのだろう。
それに。
ちらりと薔薇を見てすぐに視線を逸らす。
婚姻前にノークス様のお気持ちを知ることができてよかった、と今では思う。
婚姻後に知ったとしたら、耐えられた自信はない。
あの時もサージェス様が気を遣ってくださったから何とか持ち堪えることができただけだ。
彼がいてくれなかったら立ち上がれなかったかもしれない。
だから、あの時に知れてよかったのだ。
婚姻後に知ればきっと動揺してこの恋心を隠せなかった。
ノークス様もすぐに気づかれただろう。
そうなったら下手したら疎まれていたかもしれない。
遠ざけられるか、必要な時だけ関わりそれ以外の時は放置されるか。
表面上だけ上手くいっているふりをする仮面夫婦になるか。
それは、つらい。
最悪は離縁だ。
そうなったら家に迷惑をかけていた。
今ならまだ間に合う。
結婚するまでにこの恋心を完全に捨て去って、役に立つパートナーになること。
そうすれば家も安泰だし、わたしも楽になれる。
うん、だからそれが一番いい。
それが、いいの。
頭ではわかっている。
だけれど、心が納得できないでいる。
それでも、いつかは。
いつかはきっと受け入れられる日が来る、と思う。
そう、願っている。
読んでいただき、ありがとうございました。




