捨てきれない恋心
リーリエ視点です。
お茶会から帰ったわたしは心配していたのであろう執事に捕まった。
「どこかで落とした栞を拾ってくださっていたようなの。わたしのものか確信が持てなかったからお茶会を口実に呼んで確認してから返してくださったの」
「そうでございましたか」
あからさまにほっとしている。
今日一日気が気じゃない思いを抱えて過ごしていたのだろう。
「ご不興を買ったのではなかったのでしたらようございました」
「心配かけてごめんね」
「いえ、私が心配しずきたのです。お嬢様は不興を買うような方ではございませんでした」
その信頼が嬉しい。
その信頼を裏切らないようにしなければと思う。
*
その夜。
わたしは寝台の端に腰かけていた。
今日も薔薇の花から目を逸らす。
ノークス様は前の薔薇が枯れる前に次の薔薇を贈ってくださるのだ。
何も知らなかった頃は、それこそがノークス様がわたしを想ってくれている証だと思っていた。
ノークス様の本音を知ってしまった今はその過去の自分を穴を掘って埋めてしまいたい。
ただの婚約者の義務に何を浮かれていたのか。
つきつきと胸の奥が痛む。
捨てようと決めてすぐに恋心を捨てられるのであれば、たぶん誰も苦労はしないのだ。
恋心は何度となく甦り、わたしを苛む。
でもあの夜誓った通りに、涙をこぼすことはなくなった。
ただただ静かに抱え込み、心の奥底に沈むまでじっと待つしか術がない。
こうしていればいつかは恋心も薄まっていくだろう。
きっと。たぶん。
そうでないと、困る。
きっと、大丈夫だ。
大丈夫、大丈夫。
幾度となく自分に言い聞かせた。
それでも。
でもーーと思うことがある。
婚約者、やがては夫となる相手への恋心をなくすことは本当にできるのだろうか?
嫌いになったわけではないのだ。
ただ、この気持ちが邪魔なだけ。
今は、何日かに一度会う程度だけれど、結婚すればほぼ毎日顔を合わせることになる相手。
報われなくても、と恋心に縋ってしまいそうだ。
遠い存在になれば、この気持ちも諦めがつくだろうに、とも思う。
いっそのこと婚約者でなくなれば……
はっとして、慌てて振り払うように首を振る。
そのまま視線を彷徨わせる。
ふとサイドテーブルの上に置いてあるものに目が留まり、気持ちが凪いだ。
寝台脇のサイドテーブルにはグレイス様にいただいた栞を挟んだ本が置いてある。
栞を持ち込むために本に挟んでいるのだ。
栞だけサイドテーブルに置いておくのは目立ち過ぎる。
なるべく目立たないようにしておいたほうがいいだろう。
目立てば誰かの目に留まってしまうかもしれない。
別に侍女が気づくくらいなら構わないけれどその侍女がノークス様の前でそのことを話して追及されたら事だ。
事細かに追及されたらどこかでボロが出るだろう。
それは避けたい。
それなら人目に晒さないほうがいいだろう、と判断したのだ。
だから本に挟んだ。
本に栞を挟むのは普通のことだ。
誰の目にも留まらない。
グレイス様と関わることももうないだろう。
サージェス様とのことがなければそもそも言葉を交わすことさえできなかったはずだ。
それはサージェス様にも言えることだった。
サージェス様とももう親しく口を聞くことはないだろう。
ハンカチは返してしまった。
もうサージェス様に会う口実はない。
それに後悔はない。
これでいいの。
何の関係もないサージェス様に苦労をかけるわけにはいかない。
だって本当に友人でもない、知り合いでもない、赤の他人なのだ。
サージェス様が気にかけてくださる必要はどこにもないのだ。
公式に挨拶を交わしたわけではない。
関わったことのない他人に戻っただけだ。
それでいい。
わたしのことは早く忘れてほしい。
その気持ちは本当だ。
ほんのちょっとだけ関わっただけの子爵令嬢のことなどすぐに忘れればいい。
だけれど。
つらい時に親切にしてくれたことをわたしは一生忘れない。
読んでいただき、ありがとうございました。




