勝手なことを
サージェス視点です。
帰るなりグレイスに呼ばれたので妹の部屋を訪れた。
恐らくリーリエ嬢のことだろう。
招待する日時が決まったのだろうか。
だが人払いした部屋で告げられたのは予想外のことだった。
「今日、リーリエ様にお会い致しました」
数瞬言われた意味がわからなかった。
わかった途端、思わず声を荒らげてしまった。
「どういうつもりだ、グレイス!」
まさかこの場で明かすということはたまたま同じ場にいた、ということではないだろう。
「まあ、落ち着いてくださいませ、お兄様」
グレイスは私の剣幕にも動じずにむしろこちらを窘めてくる。
それに余計に苛立ちを覚えたが、呼吸に意識を向け、何とか鎮めた。
「説明してくれ」
「勿論ですわ」
グレイスはゆったりとお茶を飲む。
焦れそうになった私も出されていたティーカップに口をつけた。
温かいお茶に身体の強ばりが緩んだ気がする。
少し落ち着いて改めてグレイスを見る。
グレイスはティーカップを置いてから口を開いた。
「そもそもわたくしは直接彼女のことは知りませんでした。話したこともありませんでしたから」
「ああ」
「だから確かめなければなりませんでした」
私は無言で頷いた。
あの時はそこまで思い至らなかったが、グレイスが警戒するのは当然だ。
直接リーリエ嬢に会った私は彼女が私を利用しようなどと考えていないことはわかるが、グレイスにはわからないのだ。
直接言葉を交わしたことがないなら当然だろう。
そこに思い至らない私が迂闊だった。
頭が冷えて冷静になる。
「それに自分の目で彼女がどのような人物か見てみたかったのですわ」
「……それで?」
グレイスは彼女をどう評価したのだろうか?
「お兄様に協力しますわ」
グレイスは明言を避けた。
思わず眉根を寄せる。
「どういう風の吹き回しだ?」
協力するというからには一定の評価を出したのだろう。
それはいい。
リーリエ嬢なら大丈夫だと何故か私は確信していた。
彼女が私を利用するような人間ではないと私自身はわかっていたから。
だがグレイスはあっさりと認めすぎている気がする。
慎重なグレイスにしては珍しい。
何か裏があるのか、と咄嗟に疑った。
「簡単に言ってしまえば、リーリエ様を気に入りましたの」
思わず胡乱気に見てしまう。
この妹は友好的に見えて懐に入れる者は極端に少ない。
皆、グレイスの親しみのある笑顔に騙されて、自分は親しいのだと誤解しているが。
「まあ、お兄様。妹をそんな目で見るものではありませんわ」
「何か裏がありそうな言葉が聞こえたのでな」
「まあ、今回はまったく他意はございません。真実リーリエ様を気に入ったのですわ」
にっこり微笑って言われても説得力はない。
「お前がか?」
疑念を乗せた視線で見てしまったのは仕方ないことだと思う。
「ええ」
その言葉を信じていいのか、まだ迷う。
グレイスはその華奢な手を胸に当てる。
「リーリエ様の不利になるようなことはしないと誓いますわ」
「本当だな?」
「勿論ですわ」
ここまで言われたらグレイスを信じるしかない。
「お前を信じる」
「ありがとうございます」
「それでリーリエ嬢とはどのような話をしたんだ?」
私がその場に現れなかったことについてはどう思ったのだろう?
私から提案したことであったのに不義理だと思われなかっただろうか?
「ご安心ください。お兄様が来なかったことにも彼女はしっかりと理解していましたわ」
訊いたことと別の言葉が返ってきた。
顔に出したつもりはなかったのだが出てしまっていたのだろうか?
だとしたら私もまだまだだな。
「ふふ、お兄様が心配しそうなことを申し上げただけですわ」
……それを告げてくる辺り、私の思考は読まれている。
妹ながら向こうに回すと厄介だ。
それとも私の思考が単純すぎるのだろうか?
「ご安心くださいませ。わたくしが長年妹をしているからわかることですわ」
……やはり完全に思考を読まれている。
そして、面白がられている。
表面的には楚々とした様子だが、内心では面白がっているのがわかるのも私が長年兄をしているからか。
それなら思考を読まれても仕方ない、か。
そう納得しておくことにする。
私が納得したことを見て取ったグレイスは一つ頷き、真面目な顔になる。
「それから、こちらをお預かりしました。お兄様にお返ししてほしい、と」
妹が差し出してきたのは見覚えのあるハンカチーー彼女に貸した私のハンカチだ。
これを返してきたということはもう私に会う気はないということでーー
「恐らくお兄様に迷惑をかけたくないと思われたのでしょう」
グレイスの言葉で我に返る。
思いがけずショックを受けていたたようだ。
迷惑だなんて、と思いかけ、気づく。
ああ、きっとリーリエ嬢はそのような性格だ。
私の立場まで考えてこのハンカチを返してきたのだろう。
ハンカチに手を伸ばして受け取る。
これでリーリエ嬢との接点はなくなってしまった。
彼女のことが心配だ。
だが向こうから断られてしまったのであれば、これ以上は関わることはできない。
どうすればーー
「ふふ、本日改めて知り合うことができましたので、わたくしはいつでもリーリエ様をお茶会に招待することができるんですのよ?」
思わず目を見開いてしまった。
その反応にグレイスは満足そうに微笑う。
「お兄様、わたくしの協力が必要でしょう?」
彼女を助けたいのならば、そう声なき声を聞いた気がした。
「そうだな。協力してくれるか?」
「ええ、勿論ですわ」
リーリエ嬢には間接的に断られてしまった状態ではあるが、直接言われたわけではない。
ハンカチの返却にしても、いつまでも持っていると他意があるのではと疑われるかも、とでも思ったのだろう、と言い訳はできる。
グレイスとの縁ができた以上は、まだ完全に絶たれたわけではないのだ。
そのグレイスも協力してくれると言ってくれているので問題はない。
「大丈夫ですわ。次からはお兄様を除け者には致しませんわ」
「是非ともそうしてくれ」
「お兄様、一応忠告しておきますけれど、リーリエ様にはまだ婚約者がいることをお忘れなく」
「大丈夫だ」
あくまでも私はこれ以上彼女が苦しい想いをしなくて済むように手を貸そうと思っているだけだ。
リーリエ嬢とどうにかなりたいわけではない。
「そうですか。なら構いませんわ」
それからグレイスは楽しそうに微笑った。
「お兄様もたまには我が儘に振る舞ってもいいと思いますわ」
「我が儘に、か」
「ええ。お兄様は物わかりが良すぎるのですもの」
自身の顎を撫でる。
「そうだろうか」
私はもともとあまり何かに執着するほうではない。
だから唯々諾々と周囲に従っているように見えたのかもしれない。
これでも嫌なことはしない主義なのだが。
思い返せば、誰かのために積極的に動いたことはなかったかもしれない。
だがそれは、自ら積極的に動こうとするほどの人物に出会っていなかっただけだ。
初めて会ったのに不思議とリーリエ嬢には手を差し伸べたいと思った。
ハンカチを返されてやんわりと拒絶されたことにはショックを受けた。
だが、それでも手を差し伸べたいという気持ちは揺るがない。
そうであるならば。
「ならもう少し我が儘に行動してみるか」
「そうなさってください」
「いいのか? そんなことを言って。私が家のことを顧みずに暴走するかもしれないぞ?」
グレイスは弾かれたようにころころと笑う。
「少し見てみたい気もしますが、お兄様に限ってそんなことはあり得ませんわ」
その信頼は今までの私の積み重ねの成果だろう。
「でももし本当に暴走なさるようならわたくしが止めますのでご安心くださいませ」
「ああ、それなら安心だな」
「はい。ですのでどうぞ御随意に」
「ありがとう」
素直な気持ちで礼を述べる。
「どういたしまして」
ふわりとグレイスが微笑む。
それが心なしか嬉しそうに見えた。
読んでいただき、ありがとうございました。




