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砕け散った初恋の後に、最後の恋をあなたと  作者: 燈華


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花言葉のもう一つの意味

リーリエ視点です。

しばらくはたわいもないことを話していた。

紅茶を一杯飲み終え、新しく注がれた後、グレイス様が軽く手を振って、侍女たちを少し遠ざけた。

と言っても見えないところまでではない。

声を張らなければ聞こえないくらいの距離だ。

さすがに初対面のわたしと完全な二人きりにはされない。


「動じないのですね」


何か動じるようなことがあるだろうか?

軽く首を傾げてしまう。


「栞を渡して終わり、だとは思っていませんでしたから」


そもそもこの栞もわたしのものではないし。

話があるのだろう。


それともサージェス様が来られるのだろうか?

だけど、それにしては侍女の目がある。

それならばサージェス様が来られる前にわたしに話があると考えるのが自然だ。


「お兄様は来ませんわ。貴女と二人で話してみたかったので」

「そうですか」


グレイス様が全面的にわたしを信用できないのも当然だ。

サージェス様がお優しい分、グレイス様が目を光らせているのだろう。


「動じないのですね」


二度目の言葉だ。


「当然のことと思いますので」


グレイス様が何故か驚いたように軽く目を見開かれた。

高位貴族であるグレイス様がそのように驚きを表に出すとは珍しいことだ。


何か変なことを言っただろうか?

侯爵家の嫡男であるサージェス様に変な女を寄せつけないように見極めるというのは当然のことだと思うのだけれど。


「……見た目に反して芯のしっかりした方でしたのね」


グレイス様は何か呟かれたけれど、わたしにはよく聞き取れなかった。

軽く首を傾げるも、何でもないというように首を振られてしまったので訊くこともできない。


グレイス様は気を取り直すようにお茶を一口飲んだ。


「その様子ではわたくしがどういう意図でこのお茶会を開いたのかもわかっているようね」


ティーカップを静かに置いたグレイス様が真っ直ぐにわたしを見て告げる。

わたしは背筋を伸ばして真っ正面からその視線を受ける。


「ええ、わかっている、つもりです。わたしがどんな人間なのかお知りになりたいのでしょう? お兄様を利用するつもりの人間かどうか」


先程の栞に使われていた白のアスターにはもう一つ意味がある。


『私に信じさせて』。


グレイス様に信用してもらえる何かを示さなければならない。


「ええ。さすが、ですわね」


わたしは軽く首を振る。

考えれば誰でもわかることだ。


どんなことを訊かれるのか緊張しながら、しかし、それを悟らせないように穏やかな微笑みを浮かべる。

これもフワル侯爵夫人から教わったことだ。


グレイス様に訊かれたことにはできるだけ誠実に答えるつもりだ。

だけどその前に一言、わたしのほうから申し上げておきたいことがあった。


「あの方を利用するつもりはありません」


はっきりと告げる。

言葉だけでは信用されないかもしれない。

どうしたらいいのかしら?


無意識にサージェス様のハンカチに触れていた。

それに気づいてわたしははっとした。


手を離しかけて、逆にしっかりと持つ。

ちょうどいいかもしれない。


わたしはそっとサージェス様からお借りしたハンカチを取り出した。


「こちらをお兄様にお返しいただけますか?」


グレイス様は差し出したハンカチを見てわたしをじっと見てきた。


「……よろしいのですか?」


彼女はこのハンカチがどのような意味を持っているのかを知っているのだろう。


「ええ、お願いします。ありがとうございました、とも伝えていただけますか?」

「……わかりました」


グレイス様が受け取ってくれてほっとする。

これでサージェス様に無駄な労力をかけさせずに済む。

ちょっと行き合って会話を交わしただけの赤の他人のためにそんな労力を割くことはないのだ。

本当は直接返すべきなのだろうが、それは許してほしい。


「ですが、本当によろしいのですか?」


グレイス様が真意を探るようにこちらを見て確認する。


「ええ」


わたしははっきりと頷いた。


「そうですか」


これでグレイス様も少しは安心できるかしら?

少なくともそのハンカチを利用しないということは安心してもらえたはずだ。


「貴女の気持ちはわかりました」


その言葉にほっとする。

ハンカチを返してしまえばサージェス様との接点もなくなる。

グレイス様もわたしのことを探る必要もない、はずだ。


これでもうこのお茶会もお開きだろうと思ったわたしは甘かったようだ。

グレイス様がにっこりと微笑(わら)って告げた。


「ですが、もう少しわたくしとのおしゃべりにお付き合いくださいね」


グレイス様が何故わたしと話したいかはわからない。

だけどわたしに返せる返事は決まっている。


「はい」


グレイス様が軽く手を振ると、離れていた侍女が寄ってきてお茶を淹れ直した。

お茶菓子も追加される。


「さあ、たっぷりとおしゃべりを楽しみましょう」


実に楽しそうな笑顔でグレイス様は(のたま)わった。

わたしはただ微笑みを浮かべて頷くことしかできなかった。






意外にも、と言ってしまえば失礼に当たるかもしれないけれど、わたしはこの後のグレイス様とのおしゃべりを本当に楽しんだのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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