届いた招待状
リーリエ視点です。
「今日はここまでにしておきましょう」
フワル侯爵夫人の声が響く。
「はい。ありがとうございました」
わたしは背筋をぴんと伸ばして頭を下げた。
今日はフワル侯爵家の王都邸で義母になるフワル侯爵夫人から家のことを教えてもらっているのだ。
フワル侯爵夫人は輝くような金髪と初夏の木の葉のような瑞々しくも強い緑色の瞳を持つ美しい貴婦人だ。ノークス様は父親である侯爵似なのだ。
「さて、まだ時間はあるかしら? 少しお茶をどうかしら?」
夫人教育の後、このようにお茶に誘われることもしばしばだ。
そこに屋敷にいればノークス様も顔を出してくださった。
今思えばそれも婚約者の義務の一環だったのだろう。
「はい、是非同席させてくださいませ」
よほどの用事がなければこの誘いは断れない。
だからにこやかに微笑んでそう告げた。
侯爵夫人は満足そうに頷く。
「そうそう、今日はノークスはいないのよ」
「そうなんですね。残念です」
視線を伏せて言う。
だけど本心は別だった。
ノークス様はご不在だと聞いてほっとしてしまった。
まだ顔を合わせて冷静でいられる自信がない。
まさか、ノークス様と会えないことにほっとする日が来るなんて思いもしなかった。
「息子との関係も順調のようね」
侯爵夫人は、仲、ではなく、関係と言った。
仲を深めることは求められていないのだ。
ただ侯爵夫人としてノークス様を支えて家政を回し、次世代を生むこと。
求められているのはそれだけだ。
今まで全然気づかなかった。
気づいて、いなかった。
だけど少し離れて見てみればそれがよくわかる。
随分とわたしの目は恋に曇っていたようだ。
恋は盲目とは、本当によく言ったものだ。
*
滞りなく侯爵夫人とのお茶会をこなし、わたしは帰宅した。
「リーリエお嬢様、お帰りなさいませ。お手紙が届いております」
出迎えてくれた執事がトレーに載せた手紙を差し出した。
「まあ、誰からかしら?」
手紙に手を伸ばしながら訊く。
「トワイト家のグレイス様です」
本当に、来た。
少しだけ震えた手で手紙を受け取る。
「そう。ありがとう」
「お嬢様、グレイス様とお知り合いでしたか?」
「いいえ。お話したこともないわ。どのような御用事かしら?」
声は震えていなかっただろうか?
いえ、震えていたとしても格上の家からの手紙に緊張したと取ってもらえるだろう。
「そうですか。念のためこの場でご確認いただいてもよろしいでしょうか?」
本来ならきちんと腰を据えて確認すべきところだろう。
だけど執事もわたしに心当たりがないとなるとどんな用事か不安なのだろう。
「わかったわ」
すぐに開けられるようにすでに封は開けられている。
届いた手紙を仕分けし、封を開けるところまでは彼の仕事だ。
封を開けるのはすぐに読めるようにするのはもちろんのこと、不審物が同封されていないかの確認のためでもあるのだ。
わたしは中から便箋を取り出した。
開いて目を通す。
突然の手紙に対する謝罪から始まったその手紙の内容は要約すれば次の一言に尽きた。
「お茶会のお誘いね」
「お茶会のお誘いですか」
ますます彼を困惑させたようだ。
「他には何か? お茶会の趣旨などは書かれてはございませんか?」
「書かれていないわね。気楽にお越しください、とあるだけよ」
「それだけでございますか?」
不安そうな顔をした執事がはっとした様子で慌てて訊いてくる。
「まさか、どこかでご不興をお買いになったなんてことはございませんか?」
……これが普通の反応かしらね。
それとも彼が悪いほうに捉えやすい性格というだけなのかしら?
「身に覚えがないわ」
「まさか気づかないところでご不興を買っておられるとか……?」
どこまでも悪いほうに考えがいってしまうようだ。
負の思考の連鎖に陥ってしまったのだろう。
頬に手を当て首を傾げる。
「最近は同じお茶会に参加したことはないわね」
「夜会とか会食もでしょうか?」
「ないわ」
じゃあ何でなんだ、と執事は頭を抱えている。
心苦しいが本当のことを言うわけにはいかない。
「でもちょうどいいわ。トワイト侯爵令息様にお借りしたハンカチをお返し致しましょう」
「……お嬢様は前向きですね」
それはお茶会の誘いの理由を知っているからだ。
知らなければわたしだっておろおろしただろう。
「だって不興を買った覚えはないもの。それに、心当たりがない以上、腹を括るしかないでしょう」
「……そうですね」
それから眩しそうな顔でわたしを見てきた。
「お嬢様はお強くなられましたね」
「そうかもしれないわね」
「ノークス様とご結婚されましたら、次期侯爵夫人になられますのですしね」
「……そうね」
執事も落ち着いたようだ。
「ではお返事のほうはお願いします。出席、でよろしいのですよね?」
「断る理由がないもの」
「承知しました。入り用のものがございましたらお申し付けくださいませ」
「ええ。とりあえず部屋で返事を書くわ。それからお母様にも相談しないと。屋敷にいるかしら?」
「はい。奥様はご在宅です。トワイト侯爵令嬢様の件は奥様には知らせてあります。"いつでもいらっしゃい"と言付けを承っております」
恐らく動転していてその言付けを忘れていたのだろう。
「わかったわ。お母様には一時間ほどしたら伺います、と伝えておいてもらえるかしら?」
「承知しました」
「よろしくね」
わたしは手紙を持って自室へ戻った。
読んでいただき、ありがとうございました。




