ユフィニー家の朝食風景
リーリエ視点です。
枕に押しつけて泣いても瞼は腫れぼったくなってしまった。
今日は家で大人しくしていたほうがいいだろう。
幸いにして今日は特に外出する用事はない。
このまま食堂に行けば家族に心配をかけてしまうが何とか誤魔化そう。
身支度を手伝ってくれた侍女は心配そうな顔で目元を冷やすために濡れたタオルを用意してくれた。
それを瞼に当てていたので少しはましになったと思う。
代わりに朝食時間が迫っていた。
「だいぶよくなったわ。ありがとう」
「それはようございました。ですが、まだ少し腫れておりますね」
「大丈夫よ。ありがとう。これ以上遅くなるとみんなを待たせてしまうから」
「でしたら朝食後にまたご用意しますね」
「ありがとう」
わたしは食堂に向かうために部屋を出た。
勝手知ったる我が家であり、爵位も高くない子爵家の我が家では先導の侍女は必要ない。
食堂に着いたので自ら扉を開けて中に入る。
食堂に着いたのはどうやらわたしが最後だったようだ。
家族はすでに席についている。
普通の貴族の家では違うかもしれないが、うちでは朝食は家族揃って食べる。
もちろんまだ幼い弟も侍女に付き添われて席についていた。
貴族の家、特に高位貴族の家では小さな子供は子供部屋で食事をして両親や成人を迎えた家族と食事を一緒に取ることはない家も多いがうちは違う。
幼い弟も含めて全員で朝食を取るのだ。
これが家族仲のいい秘訣なのではないかと思う。
……結婚したらもうこういうことはできない。
ノークス様に提案してみようかと思っていたが、今はその気持ちはない。
たぶん、あっさりと却下するだろう。
「待たせてごめんなさい」
「大丈夫だよ。慌てずに座りなさい」
「はい」
執事が引いてくれた椅子に静かに腰を下ろした。
食事が運ばれてくるまでに改めて家族に挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう、リーリエ」
「おはよう」
「おはようございます、おねえさま」
次々に挨拶が返ってくる。
「おねえさま、どうしましたか?」
弟が心配そうにわたしを見ている。
「そうね。目も少し赤いし、瞼も腫れているわね。何かあったの?」
母も心配そうな視線を向けてくる。
父も何も言わないが心配そうな表情だ。
わたしはへにゃりと微笑う。
「あ、昨日寝る前に読んだ本があまりにも悲しいお話だったの」
これで騙されてくれるだろうか?
そろりと窺うと家族はほっとしたように表情を緩めた。
「そう。リーリエは感受性が豊かだもの」
「そうだな。感情移入してしまったのだろう?」
「はい」
そういうことにしておけば丸く収まる。
一つ頷いた父親はだが一応の注意も忘れない。
「だがあまり遅くまで本を読んでいないように」
「はい」
「おねえさま、よふかしですか?」
「夜更かしはしていないわ」
「ほんとうですか?」
「本当よ」
「よるははやくねたほうがいいとおもいます。おおきくなれません」
真面目な顔で言うのが可愛い。
笑みこぼれながらわたしは頷いた。
「そうね。気をつけるわ」
「はい」
ぱあっと笑顔になるのも可愛い。
「リーリエ、後で目元を冷やしておくのよ」
母が心配そうに言う。
わたしは母に視線を向けた。
「はい。先程までも冷やしておいたのだけど。部屋に戻ったらもう一度用意してくれると言ってくれているの」
「そう。よかったわ」
「さてそろそろ食事にしよう」
頃合いと見て父が言う。
すでに朝食が並べられている。
父の唱える食事前の聖句に合わせて手を組み目を閉じて、祈りを捧げた。
それが終わると各々食べ始めた。
和やかな会話。
心からの微笑み。
この温かい光景がユフィニー家の朝食の風景だ。
本当は、ノークス様ともこのような生活を送りたいと思っていたのだけど。
きっと無理だ。
薄々感じてはいたけれど、もしかしたら、と希望を持っていた。
わたしを、好いてくれているなら、もしかしたら、と。
だけど、その希望もまた砕け散ってしまったのだ。
ずんと胸が重くなる。
「おねえさま、どうかなさいましたか?」
弟の声にはっとして、慌てて笑顔を作る。
「ううん、何でもないわ。このパン美味しいわね」
「はい、おいしいです!」
弟がぱっと笑う。
それだけで少し胸が軽くなったようか気がする。
気のせいかもしれないけど。
ふとした瞬間にまた気分は落ち込むだろうけど。
今だけは。
この温かさの中で心癒されていたかった。
読んでいただき、ありがとうございました。




