まだ泣くわけにはいかない現状
リーリエ視点です。
自室に戻ってきたわたしは部屋に飾られている薔薇を見て泣きそうになった。
慌てて目を逸らす。
あの薔薇はノークス様にもらったものだ。
今は見るのもつらい。
薔薇が視界に入らないようにしながら外出着から室内着に着替える。
「お茶を淹れてきますね」
「ありがとう。お願いするわ」
侍女はわたしの外出着を持って部屋を出ていった。
薔薇に背を向けてソファに座る。
薔薇を見てしまえば、気持ちが溢れてしまう。
愚かで舞い上がった現実の見えていない、勘違いも甚だしい自分。
穴があったら入りたい。
いや、もう記憶を丸ごと消去したいほど恥ずかしい。
あまりの愚かさに泣きたくなってくる。
だけど、今はまだ駄目だ。
だから別のことを考える。
考えることはサージェス様のことだ。
屋敷に帰って冷静に思い返してみると、あれはきっと気まぐれだったのだろうと思う。
高位貴族が傷ついた令嬢に差し伸べた気まぐれな手。
もしかしたら、連絡は来ないかもしれない。
それならそれで構わない。
その時はあのハンカチをこっそりと送って返すことにしよう。
当たり障りのないお礼の手紙をつければいいだろう。
そうなると便箋もそれなりのものを用意しないと駄目だろう。
それからいつ出すべきかも考えないと。
気まぐれではなく本気だった場合、手紙が届く前にハンカチを返してしまえば、今度はサージェス様の不興を買うかもしれない。
それはまずい。
いくら優しいサージェス様でも不興を買えばユフィニー家がどうなるかわからない。
とにかく時機を慎重に見てーー
小さく扉が叩かれはっとする。
恐らくお茶を持ってきてくれたのだろう。
不審がられないように意識していつも通り許可を出すと扉が開いた。
ティーワゴンを押して中に入ってきた侍女が目を丸くする。
「あらお嬢様、珍しいですね」
「何が?」
「いつもでしたら、御婚約者様からいただいたお花を眺めて待っていらっしゃるのに」
「そう、だったかしら?」
わたしの顔はひきつっていないだろうか?
幸いにして侍女は気づかなかったようだ。
「そうですとも。いつも嬉しそうに眺めていらしたではありませんか」
「そうだったかもしれないわね。でも今日は考えることがあったから」
すぐにサージェス様の件だと察したようだ。
「そうでございましたね」
頷いた侍女がお茶を注いだティーカップを静かにわたしの前に置いた。次いで置かれた小皿の上にはクッキーが数枚乗せられている。
「ありがとう。あとは大丈夫よ」
「では何か用事がございます時にはお呼びくださいませ」
「ええ」
侍女は一礼して部屋を出ていった。
また部屋に一人だ。
一人になってしまえばまた自身の愚かさに意識が向いてしまいそうになる。
慌ててテーブルの上に置かれた本を手に取る。
この本は口実にと持っていた本だ。
着替える時にテーブルの上に置いておいたのだ。
適当なページを開いて読み始める。
ようは気が紛れればいいのだ。
だが結局は視線が文字の上を滑って頭には入らない。
やもすると意識は先程のことに向きそうになる。
だから意識して、それこそ文字を習いたての子供のように一文字一文字を読んでいく。
意味など取れなくていい。
ただただ文字を読んでいくことに集中する。
そうやって夕食の時間までを過ごしたのだった。
結局内容は一行も頭に入らなかったけれど。
読んでいただき、ありがとうございました。
申し訳ありません。
予約日時を間違えていました。




