今後のことと泣き出しそうな心
リーリエ視点です。
「妹はわかりますか?」
「お名前だけ、存じております。グレイス様、ですよね?」
「そうです。ああ、話したことはありませんか?」
「お会いしたこと自体ございません」
例え同じ場所にいたとしても、高位貴族の彼女の視界にわたしは入っていないだろう。
身分が下の者から声掛けすることはできないので挨拶すら交わしたことはない。
サージェス様が話を通していてくれるとはいえ、そんな彼女に手紙を出すのはなかなか勇気のいることだ。
サージェス様が話を通してくださる前に手紙を差し上げてしまえば、礼儀知らずの烙印は免れない。
それにサージェス様も気づいてくれたようだ。
「ああ、それでは妹のほうから連絡させましょう」
サージェス様の申し出は正直に言って有り難い。
そうしてもらえるほうがまだわたしの気が楽だった。
「よろしいのですか?」
「勿論ですよ」
「それではお願いします」
あまり仰々しくしないほうがいいと思ったので小さく頭を下げた。
サージェス様は気にした様子もなく頷く。
「はい。数日以内に連絡させますので」
「わかりました」
サージェス様は一つ頷いた。
「それでは」
そう告げて樹から身体を起こすと振り向かずに去っていった。
その背をそっと見送ったわたしだったが、すぐには立ち上がらなかった。
すぐにここを離れるわけにはいかない。
万が一誰かに見られでもしたら変な疑いを持たれてしまう。
あっ、そうだ。
サージェス様からお借りしたハンカチはポケットに仕舞い、代わりに自分のハンカチを取り出した。
本とともに抱えた。木陰で本を読んでいた体を取るために持ってきたのだ。
ここは王立図書館なので、不自然ではない。
これなら目敏い人間と行き合ってもサージェス様のハンカチを見られることもないし、万が一泣いた跡を見咎められても大丈夫だ。
不意に静寂に包まれていることに気づく。
そうなれば無意識に意識は自分の心に向かう。
つい今まではサージェス様がいてくれた。
気を、紛らわしてくれた。
今は、一人だ。
ここでこうして一人でいると泣いてしまいそうだ。
慌てて立ち上がりそうになり、意識してゆっくりと立ち上がった。
そろそろ大丈夫だろう。
大丈夫でなくとも、今はもうここに一人でいるのに耐えられそうにない。
歩き出す。
足早にならないようにするのに根気がいった。
無意識にこの場からすぐに離れたいと思っているのだろう、どうしても歩調が速くなりそうになってしまう。
それでは何かあったかと変に注目を浴びてしまう。
さすがにそれは避けたい。
それと、気を抜けば涙が零れてしまいそうだ。
きゅっと前を向いて歩いていく。
泣くわけにはいかない。
今は、まだ。
読んでいただき、ありがとうございました。




