そろそろ別れなければ
サージェス視点です。
「近いうちにご連絡します。それまでにどうしたいか、考えておいてください」
「どうしたい、ですか?」
戸惑った声が返る。
無理もない。
彼女の中では婚約は続行するものと決まっているはずだ。
だが気づかないふりをして言葉を重ねる。
「ええ。家のこととかは一先ず置いておいて貴女自身はどうしたいのか、教えてほしいのです」
無理を言っているのだろう。
政略的な婚約に彼女の意志も失恋も関係がない。
それはもちろんわかっている。
わかっているが、彼女のことを案ずる自分がいる。
本来無関係の私が言っていい言葉ではないが無視することにする。
彼女も困惑しているのか目を瞬かせている。
畳みかけるように言葉を重ねる。
「大丈夫です。貴女の悪いようにはしません」
私の言葉をどう受け取ってくれたのか、彼女は小さく頷いてくれた。
ほっとする。
私も頷き返して別れるための言葉を紡ぐ。
「拾った私のハンカチは妹に言付けてください。話は通しておきますので」
彼女ははっとした顔をする。
ハンカチのことを忘れていたのか、どうするか考えていなかったのかもしれない。
だが彼女は私の言葉に頷かなかった。
それとは別のことを口にする。
「お気遣いをありがとうございます。目にゴミが入って涙が零れてしまったところをハンカチをお貸しくださりありがとうございました」
目を瞬く。
何故急にそんなふうに言い出したのだろう?
少し考えてはっとする。
彼女のほうにもハンカチを持っている理由が必要なのだ。
拾った、というのは弱い。
誰のものかわかるくらいなら近くにいたのだろうからそのまま返せばよかったのに、という話になりかねない。
そこまで考えが及んでいなかった。
彼女が機転が利く人間でよかった。
私は彼女の話に乗った。
「却って気を回し過ぎたようですね。お役に立ててよかったです」
「ご親切をありがとうございました」
彼女が丁寧に頭を下げる。
それに小さく頷いた。
そしてふと気づいて彼女に訊く。
「妹はわかりますか?」
「お名前だけ、存じております。グレイス様、ですよね?」
「そうです。ああ、話したことはありませんか?」
「お会いしたこと自体ございません」
やはり配慮が足りなかったようだ。
会ったこともない格上の令嬢相手においそれと手紙など出せない。
不躾だ、礼儀知らずだと思われかねない。
いくら私が話をつけておくと言ったところで、はいそうですか、と手紙を出せるわけがない。
マナーを叩き込まれている彼女なら余計にそうだろう。
それに今のうちに気づけてよかった。
相互に不安なままになるところだった。
彼女はいつ手紙を出していいのかと不安になっただろうし、私は私でいつ手紙が来るか、本当に来るのかと不安になったことだろう。
それが回避できるなら打たない手はない。
「ああ、それでは妹のほうから連絡させましょう」
顔見知りでもない令嬢にいきなり手紙を送るのは不躾であるが、まだ高位の者から下位の者へのほうがまだ許される。
彼女には伝えたので不躾と思うことはないだろう。
彼女の表情がほっとしたように緩む。
「よろしいのですか?」
「勿論ですよ」
「それではお願いします」
小さく頭を下げられた。
小さく頷き返す。
「はい。数日以内に連絡させますので」
「わかりました」
彼女がしっかりと頷いたのを確認して「それでは」と告げる。
彼女からは特に呼び止められることはなかったので寄りかかっていた樹から身を起こし、歩き出した。
何事もなかった顔をして門のほうへと向かう。
それとなく辺りに視線を向けるが、幸いなことに辺りには誰もいなかった。
ほっとする。
これなら彼女とのやりとりも聞かれていた可能性はかなり低い。
彼女も気兼ねなく出てこれるだろう。
ほっとして振り向くことなく歩いていく。
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