思い当たった可能性
リーリエ視点です。
わたしは少しだけ、そうほんの少し残念に思っただけだったが、それを表に出してしまったのかもしれない。
サージェス様は落ち着いた様子で告げてきたから。
「失礼。もっと可愛らしい字を書かれるのかと思っていたら端麗な字で、思わず見とれてしまいました。見とれたことに動揺してしまいまして」
さすがにそれはないと思う。
注意深くサージェス様の表情を観察する。
わたしの視線に気づいたのか軽く首を傾げている。
不思議そうだ。
その視線に見下したり蔑んだりする気配はない。
どうやら下位貴族だから態度を変える、ということはなさそうだ。
それなら先程の動揺は何だったのだろう?
思考を巡らせる。
だとするとあと考えられることはーー
誰かと間違えていた、のかしら?
わたしがノークス様の婚約者だとは知っているのだから、ノークス様の婚約者を別の方と勘違いしていたのかも。
それなら動揺したことも、あのような言い訳をしたことも納得できる。
ノークス様が以前に誰かと婚約していたとは聞いてはいない。
だとすると前に誰かと連れ立って歩いているのを見たとか、誰かをエスコートしているのを見たとか、誰かと喫茶店などで同席しているのを見たとかそういうことなのかもしれない。
それも、婚約者に見えるほど親しく見えた、そういうことなのだろう。
そしてその時に聞いたのはわたしの名前ではなかった。
そういうこのなのだと、思う。
もやもやする。
ううん、正直に言えば胸が痛い。
つきつきと針で刺されているようだ。
でもここでそんな様子を見せればますます心配されてしまう。
お腹にぐっと力を入れフワル侯爵夫人直伝の少しだけ口角を上げたお澄まし顔を作った。
サージェス様の瞳が気遣わしげなものになる。
わたしはうまく表情を作れなかったようだ。
それともうまく作り過ぎて逆に心配させてしまったのだろうか。
気を逸らせようとでもしたのか、サージェス様は今後のことを口にした。
「近いうちにご連絡します。それまでにどうしたいか、考えておいてください」
言われた言葉に息を呑む。
道は決まっているはずだ。
それなのに、どうして?
「どうしたい、ですか」
「ええ。家のこととかは一先ず置いておいて貴女自身はどうしたいのか、教えてほしいのです」
思いがけないことを言われて思わず目を瞬いた。
それをどう捉えたのかサージェス様はさらに言葉を重ねた。
「大丈夫です。貴女の悪いようにはしません」
そこはもうサージェス様を信じるしかない。
でもこの方を信じると決めたのはわたし自身だ。
わたしはおずおずと頷いた。
それに小さく頷いたサージェス様はさらに言った。
「拾った私のハンカチは妹に言付けてください。話は通しておきますので」
拾った、と言われてはっとする。今握っているハンカチのことだ。
咄嗟に思考を巡らせる。
「お気遣いをありがとうございます。目にゴミが入って涙が零れてしまったところをハンカチをお貸しくださりありがとうございました」
家に帰ったら洗ってもらわねばならない。
その時の言い訳を伝えておく。
目にゴミが入ってしまって零れてしまった涙を拭くためにハンカチを差し出されるというのは不自然ではない。
だけどうまく伝わらなかったのかサージェス様は目を瞬かせた。
それからその言葉の意図を考えたのか、少し間が空き、はっとした表情になった。
察してくれたようだ。
よかった。
「却って気を回し過ぎたようですね。お役に立ててよかったです」
「ご親切をありがとうございました」
気持ちを込めて頭を下げる。
感謝しているのは本当だ。
ハンカチを差し出してくれたことも、
気にかけてくれたことも。
お陰でわたしは何とか崩れずに済んだ。
本当にもう十分だと思えるほど感謝している。
読んでいただき、ありがとうございました。




