心を決めてしまえばあとは
サージェス視点です。
「もしーー」
と言いかけて口をつぐむ。
さすがに「円満に婚約破棄できるとしたらどうしますか?」などと誰が聞くかもわからないこんな場所で訊くわけにはいかない。
場所を変えたほうがいい。
それに、彼女も気持ちの整理の時間が必要だろう。
彼女はもう一度私に会ってくれるだろうか?
気持ちの整理がつけば私に会おうとは思わなくなるかもしれない。
それが普通だろう。
むしろ会う必要がない。
それこそーー婚約解消でも望まない限り。
彼の傍にいるのはつらい、と言った。
でも、家の契約なので婚約解消はできないとも言っていた。
彼女の望みはどこにある?
私がしようとしていることは余計な、手出しだろうか?
そうかもしれない。
それは余計に彼女を苦しませるだけなのかもしれない。
それでも……
無意識に拳を握る。
彼女は私の言葉を待つように軽く首を傾げてじっとこちらを見ている。
腹を決めた。
ここは多少強引でも押し切ろう。
そうと決めたら躊躇わない。
「婚約者のいる貴女とあまり長く話しているとどんな噂を立てられるかわかりません。ですので後日、場所を改めて」
「は、はい」
頷いた彼女が首を傾げる。
疑問が形になる前に畳みかける。
「大丈夫です。ここで聞いたことは誰にも言いません。ですが、もう少し、話がしたいのです。貴女が心配なのです」
「心配……?」
「ええ。貴女は一人で何もかもを背負い込んでしまいそうです」
「そんなことは……」
「ないと言えますか?」
即座に切り込む。
考えさせる時間を与えては駄目だ。
控えめな彼女はすぐに退いてしまうだろう。
彼女の口が何度か開閉する。
だが言葉が出てこない。
彼女自身否定できないのだろう。
畳みかける好機だ。
「貴女の不利益になるようなことにはしません。貴女の心の整理がついたとわかれば私も安心できますし、そうでないのであれば力になります」
彼女の瞳が揺れる。
ここまで言われるとは思わず動揺しているのだろう。
あと一息だ。
「私の我が儘なのはわかっていますが、駄目、でしょうか?」
彼女は私の視線から逃れるようにうつむいて、小さく首を横に振った。
この反応はどちらだ?
自分の都合のいいほうに取っておくことにする。
「ありがとうございます」
少しだけ微笑って礼を言う。
おずおずといった様子でうつむけていた顔を上げた彼女は私を見て目を瞬かせた。
不思議そうな顔をしている。
微笑ったのがそんなに意外だったのだろうか?
まあいい。今のうちに言質を取ってしまおう。
その前にお互いに名乗り合わなければ。
私は彼女の名前を知らないし、彼女のほうも私が誰だかわかっていないようだから。
このままではいつまでも少し言葉を交わしただけの赤の他人になってしまう。
ここで別れるならそのほうがよかっただろうが、まだ少し付き合ってもらわねばならない。
私はまず自分から名乗るために口を開いた。
読んでいただき、ありがとうございました。